オペレーションは科学できるのか?現場の可視化に企業が夢中になるワケ

特集

「オペレーション」という言葉について、正しく理解している人はどのくらいいるだろうか?

「ワンオペ育児」を筆頭に、学生でも知っている言葉でありながら、その実態が何なのかについては雲をつかむような議論がなされてきた。

この「オペレーション」の可視化に挑んできた人類の歴史は、実は1920年代のアメリカまで遡る。ビジネスシーンでは「オペレーショナルエクセレンス」という概念も登場し、単に倉庫から物を取ってくるということを磨きに磨いて自動化したAmazonを皮切りに、「オペレーション」を磨き上げることで他を圧倒した企業は少なくない。

国内唯一のオペレーション研究企業「トリノ・ガーデン」の代表であり、「オペレーション科学」の著者でもある中谷氏に、「オペレーション」とは何なのか、その本質について解説してもらった。

プロフィール

「オペレーション」とは何か

さっそくですが、「オペレーション」とは何でしょう

言葉だけで表現するならば、「オペレーション」とは“ある目的を達成するために行う人の動作の一連の連なり”ということになります。僕が説明によく使うのはドミノ倒しのイメージです。ひとつ目のドミノが隣のドミノを倒して、その倒れたドミノがさらに隣のドミノを倒していく。この一連の流れを「オペレーション」だと思ってもらえば良いでしょう。

ドミノが倒れていくイメージ

そう聞くとなんだか拍子抜けするほどわかりやすいですね。でも、オペレーションが会話に出てくるときって、もうちょっと難しい話をしているような気がするのですが…

それは、言葉で説明する「オペレーション」と、実際に人が生活や業務の中で行ってる「オペレーション」がちょっと違うからだと思います。

たとえば、先ほどのドミノ倒しの例でいくと「もし牌のひとつひとつが人間だったら」と考えてみてください。ドミノみたいに何度も寸分の狂いなく倒れてくれるでしょうか。

要は、人ってドミノの牌のような無機物とは違うってことなんです。無機物とは違って、人が動くときのその動作の中には、目に見える動き以外に“あるプロセス“が存在しています。皆さんが「オペレーション」とは何かを考えるときに分かりにくい、と感じてしまう理由はここにあります。

人の動きの中には目に見えないプロセスが存在している?

今度は飲食店での接客を思い浮かべてもらえますか。たとえば、お客さまが来店されて、スタッフが空いているテーブルに案内するとします。このとき、目に見えている動き以外にも、スタッフは【お客さまが来た】という情報を【どのテーブルに案内しよう】と思考しているわけですよね。動作にプラスして、目には見えないけども頭の中で情報処理を行なっている。

なるほど。言われてみれば、人が何か行動するときには頭の中で判断というプロセスを挟んでます

そうですよね。人が動くときって単純に動作だけではなくて、そこに情報処理も連なってたりする。しかもそのプロセスは本人以外には見えないじゃないですか。だから、人がオペレーションに着目しようとすると目に見えないところまで考えないといけないので、定義された言葉以上に複雑さを感じてしまうんです。

なので、トリノガーデンでは「オペレーション」を大きく2つに分けています。人の動作とか体の動きで表現されるものと、目には見えないけど情報処理を踏まえて判断として表現されるもの

前者のオペレーションは、従来の製造業さんとかでやってた人の動作とか体の動きの流れだったり、「相手チームがこう攻めてきたらこう対応する」という野球とかサッカーのフォーメーションが当てはまります。

後者の情報処理も含めたオペレーションというのは、状況判断で表現されるものです。飲食店の例でいくと、お客さまの反応を見た上で配慮のある行動をするとか。結論、マニュアルで定義されようがその通りにやるのが難しい、人によって判断が異なってしまう動きや作業がこれに当てはまります。

2つに分けると理解しやすいですね

そうですね。動作だけのオペレーションと、情報処理を伴うオペレーション。この2つがいっしょくたに扱われてしまうので、皆さんの中でオペレーションが「知っているようでわからない不思議なもの」になるんだと思います。

「儲かる」から発展した?
歴史からひもとくオペレーション

人がオペレーションに着目するようになったのはいつからでしょうか

人類にはおもに産業の分野において、オペレーションの可視化に挑んできた歴史があります。1920年代にアメリカで行われた「ホーソン実験」という製造業での取り組みがその始まりです。工場内の明るさや部屋の温度などの職場の物理的な環境と、従業員の作業効率は関係するのかという実験なんですけど、当時は因果関係を見出すまでには至らなかったようですね。

その一方で、スポーツの分野でオペレーションの研究はとても成功していた。

どうしてスポーツの分野で発展したんですか?

スポーツと括るよりも、野球やサッカーのように観客や競技人口が多いスポーツということになりますけど、要はものすごくビジネスになるんですね。ブラット・ピット主演の映画「マネーボール」にもあったように、結局は選手のトレードをするためにオペレーションの可視化が進んでいきます。選手にどういう身体的な特徴があるのかとか、ダッシュを始めてから何秒でトップスピードになるのかとか。

選手のこの部分を可視化したらすごく大口の契約が取れたとか、スポーツの分野ではエージェントさんや所属団体にメリットがあるのでオペレーションの可視化がどんどん発展していくわけです。

儲かるかどうかが出発点だと?

そうですね。オペレーションに着目するっていうことの出発点は人が見ることなんですけど、じゃあ何で見るのかっていうと、面白いからってこともあるけど儲かるから見るわけですよ。

逆に、少し昔までのタクシーの運転手さんのオペレーションって、積極的に可視化してる企業は少ないと思うんですけど、なんで熱心に見られなかったかというと、改善しても業績には現れにくかったからですよね。タクシーの運転手さんがどういうブレーキングしてるかとか、何を喋ってるかとかってわざわざ可視化して改善しなくてもお客さまは乗るし、っていう時代だったんです。

儲からない分野ではオペレーションの研究は発展しなかったんですか?

オペレーションを可視化したり研究するためには、先ほどのスポーツの例のように、現状のオペレーションを記録したり、その記録を人が長い時間をかけて見る必要があります。

それを人の手でしようと思うとコストがかかる訳ですよね。特に、スポーツと違ってビジネスの分野では従業員のパフォーマンスの良し悪しなどは定義されてないことの方が多いので、可視化が難しいから余計にコストがかかる。その膨大なコストを乗り越えた先に、「儲かる」「生産性が上がる」みたいな因果関係が見えなかったので進まなかったのでしょう。

でも、歴史の話でいくと、現代だからこそ可視化が「できる」理由もあるんです。

可視化が「できる」時代に

オペレーションの発展は、記録され、たくさんの人に見られることで進むと言いましたが、近年のIoTやAIなどのテクノロジーの発達は僕たちがこれまで可視化できていなかったものを可視化する「眼」を与えてくれていると思います。

たとえば、Safieさんのクラウドカメラ。固定カメラの映像がインターネットを介して遠隔地からクラウドを通して見られるようになり、記録や映像の視聴が手軽になった。クラウドカメラだけじゃなく、人の位置情報や動きの速さの特定ができるようになったGPSやBeaconセンサーなどの発達もその一助です。

遥か昔、カンブリア大爆発によって生物に眼が誕生し生き物が多様な進化を遂げたように、テクノロジーによって人類が「眼」を獲得したことで、今、オペレーションが爆発的に多様化、進化できる時代になったんじゃないかと思うんです。

いま、企業がオペレーションの可視化に夢中になる理由

改めて、国内唯一のオペレーション研究の専門企業として、ビジネスにおいてオペレーションを可視化することにはどんな役割があると思いますか?

Amazon、マクドナルド、トヨタ自動車、TESSEI….MBAのケーススタディの常連でもあるこれらの企業は、オペレーションで世界を変えた組織です。一例で挙げた企業以外にも、オペレーションを競争優位な状態まで磨き上げることで価値を高めた企業は少なくありません。「オペレーショナルエクセレンス」という概念の登場ですね。

これらの企業に共通して言えることは、「生産性を上げる」ための手段として、オペレーションを工夫をする努力を惜しまなかったことです。つまり、オペレーションを記録し、可視化し、改善してきた結果、磨き上げられたオペレーションがあるからこそ他社を圧倒することができるわけですね。

やっぱり企業にとってはオペレーションを磨くことが重要なんでしょうか

勝つためにオペレーションを工夫することで、「ジャイアントキリング」ではないですが、差のあるシーンで勝つことができるということはあると思います。

ただ、これはアンチテーゼになると思うんですけど、オペレーションを磨くことって、大切ですよ、重要ですよって言われてやるようなことじゃないと思うんですね。突き詰めなくてもなんとかなる業種ってたくさんあるので。オペレーションが大事なのであると真に思っている人たちにとっては、その重要性は言われるまでもないと思います。

なるほど。ドトールコーヒー社やB-Rサーティワンアイスクリーム社など、錚々たる企業のオペレーション分析を担当されている中谷氏に伺いたいのですが、これまで儲からないとされていたサービス業や飲食業の分野でもオペレーションの分析が盛り上がってます。これにはどんな背景があるんでしょう?

まず、エコノミカルな背景があると思います。結局、人件費って何もしなくてもどんどん上がっていくのに、逆に日本経済自体の平均所得自体はほぼ上がってないですよね。さらに税率はどんどん上がっていく、みたいな話で行くと、企業が儲けにくくなっているので、これまで手をつけられてこなかったところまでやらなくちゃいけない状況だというのが1つですね。

次に、オペレーションが可視化されていく過程に、企業の方が単純に面白さを感じているというのがあると思います。

オペレーションが可視化される面白さですか?

たとえば、POSデータを見て経営者の人が現場やお店に行くと「言ったことやってないじゃん」ってなるわけです。でもオペレーションが可視化されると、「ここにこんな辛さがあるから現場が動けなかったんだな」って分かる。

これは2冊目の本で詳しく書いているのですが、オペレーションが可視化されると、たとえば中間管理職の方が置かれている、上からは出来ていないことを指摘されて、下からは会社は現場をわかってないって突き上げられる環境ですね、それに対して「実際に起こっていることはこうなんだ」って事実を武器に情報のやり取りができたりとかする訳です。

逆に今まで見えなかった現場の工夫や努力が手に取るように可視化されると、経営者 – 中間管理職 – 現場も一体になって改善に向かう面白さを体験できるんですね。なので、これまでオペレーションの可視化に足踏みをしていた分野でも、リピートして可視化するようになってきています。

なるほど。ちなみに外食企業が多いのにも何か理由がありますか?

僕たちトリノガーデンがなんとかしたいと思ってアプローチしている業界だからということもあります。

努力や工夫が報われやすい業種、報われにくい業種というのがあると思っていて。たとえば、飲食業界は、工夫や努力が業績に現れるまでのタイムラグがとても長いんです。原価も人件費も高騰し、深い想いを持っても報われない時間があるんです。加えて、製造から消費までのリードタイムが非常に短く、「経験」や「暗黙知」が多く存在していて、他の業種と違ってオペレーションを記録されたり見られることが少なかった業種を、オペレーションに着目することでなんとかできないかと思っています。

本当に困っている人に届けたい
「可視化のプロセス」

誰でもオペレーション改善ができるテクニックはありますか?

残念ながらありません。オペレーション分析をすればするほど突きつけられる事実が、「万人に共通するオペレーションはない」ってことなんですね。なんでかっていうと、企業ごとに大切にしている価値観やそれを実現する方法や人格など、組織や環境もそれぞれ違うから。それに加えてオペレーションには目に見えない部分が多くある。

ただ、いますぐ使えるコツはなくても、オペレーションの分析・改善と向き合うときの思考プロセスや心構えはお伝えできます。

オペレーションって実に奥深いですね

冒頭でも話したように、「オペレーション」というのは、可視化されることで発展、進化していったんですね。なので、現状どんなオペレーションが現場で行われているのかを記録し、観察すること。この可視化こそがオペレーション改善の第一歩だといえます。

具体的にトリノガーデンではどのようなステップでオペレーションの可視化を進めているのでしょう

僕たちが依頼を受けた際には、3つの工程に分けて進めています。

1つ目は平たくいうと、どこのどんなシチュエーションで誰を見るのか、何を対象に見るのかを決めることです。たとえば、サービス業の場合を例にお話していくと、どの店舗のいつを観察するかを決めることが非常に重要になります。

重要ですね

そうなんですよ。たとえば、チェーン内でものすごくお客さまの多い店舗があったとして、ただ東京駅の構内にありまして、って言われたら、その店舗を指標にしたところで他の店舗での再現性がないじゃないですか。

再現性のある指標は何だろう、ということですか

はい。全店の6割ぐらいが当てはまる乗降客数の駅になるともう少し再現性はありそうですね、って話になれば、どういうシチュエーションの店舗を見ればいいか、その輪郭が見えてくると思うんです。

研究というよりも、業績改善のためのプロジェクトとして関与することが多いので、「どういう可視化をすれば業績に影響を及ぼすのか」というところを設計して計測する項目を決めていくんですね。

2つ目は実際の計測です。店舗がある現場の場合の一例ではありますが、計測項目を決めたあと、Safieさんのクラウドカメラを店内に設置して、あとはトリノガーデンのスタッフが撮影した動画を目視で計測します。それから可視化したデータを集計・グラフ化し、それをレポートにするんです。

3つ目は、計測項目の優先度付けです。集計したデータをレポーティングすると、企業さまの社内でもいろいろな見解やリアクションが出てくるんですね。過去の歴史や遺物、潜在的な課題や暗黙知など、企業担当者の方のフィードバックをもとに掘り下げるオペレーションに重みをつけて、深堀りしていくという感じです。

オペレーション変更の落とし穴?!

オペレーションの可視化で得られた事実を元に、いまの現場の課題を見つけて、どんどん改善していく。そんなプロセスであってますか?

あってます。ただ、可視化した現行のオペレーションをどう改善すべきか考えるときに、ものすごく重要なのは「どこを変え、どこをそのまま残すのか」という判断です。

課題になっている部分を直せばいいわけじゃないんですか?

それが正しい判断であれば問題ないのですが、特定人物の主観や印象をもとにした聞き取り調査など、間違った情報をもとに正しい判断を下してしまうと、オペレーションの改善どころか改悪につながってしまう場合もあるんです。

中谷一郎著.オペレーション科学.株式会社 柴田書店,2022,p51-p56.

なので、正しくオペレーションの改善ポイントを判断するためには、以下の方程式を参考にしてもらえればと思います。

少ない情報や間違った情報をもとに判断を下すことのないように、判断材料となる情報収集(現行のオペレーションの可視化)は事実をもとにとことんやりましょう。

「重力」抜きには語れないオペレーション改善

もう1つ、オペレーション改善ポイントの判断をするときに考慮すべきことがあります。これを無視してオペレーションの設計や改善をしてしまうと上手くいきません。それが、「重力」の存在です。

「重力」の存在ですか?

組織や現場を可視化していくと必ずどこの組織内にも「重力」が存在していて、それが作用していることがわかっています。ここで「重力」と呼んでいるのは、無意識のうちに特定の方向に心や身体が向いてしまうような抗いきれない力のことです。

たとえば、料理のことしか考えていない店長が厨房にいるとき、ホールスタッフの体の向きが客席や入口ではなく店長がいる厨房に向いてしまっている場合に、評価者の方に向かって強力な「重力」が作用していると表現しています。

重力に抗って、「入口を見ろ」「客席を見ろ」と教育しても、相応の引力(インセンティブ)がない限り、元に戻ってしまいます。

作用する対象や強さは違っても、組織があるところには必ず重力が存在している。下の図で、知っておきたい重力が発生しやすいケースの代表例を、社会科学、認知心理学、人間工学、運動力学などの観点から4つご紹介します。

中谷一郎著.オペレーション科学.株式会社 柴田書店,2022,p84-p89.

オペレーションのさまざまな場面で重力が発生している可能性があるのはご理解いただけたかと思います。

おそらく、国内でカメラの映像を通して人の動きをいちばん可視化してきた会社だからわかるのですが、やっぱり人ってそんなに強くないと思うんですよね。性善説、性悪説という、人を信じる・信じないではなくて、ある一定の確率で人って弱くあり続けるんだよっていう性弱説をベースに考えたほうが現場の再現性が高いんじゃないかなっていう。

だから、【人は組織や現場のなかで作用する「重力」には一定抗えない】ということを念頭に置いて、オペレーションの設計だったり改善をしていってもらえたらと思います。


(話してくれた人)

トリノ・ガーデン株式会社
代表取締役 中谷 一郎(なかたに いちろう)氏

オペレーションを専門に科学する会社「トリノ・ガーデン」を設立。日本マクドナルドをはじめ大企業から中小企業まで、幅広く企業のオペレーションの分析に取り組む。同社は、「誰でもできる単純なことをとことんやったら面白かった」ことで始めたそう。「うちはコンサルティング会社ではないので、戦略を伝えることはありません。可視化、記録することで事実が見えてくる。我々は科学的にオペレーションを可視化・分解する手法に向き合ってきた」と中谷氏。著書には【オペレーション科学(柴田書店)】がある。

(参考文献)

中谷一郎著.オペレーション科学.株式会社 柴田書店,2022,216p.

(製品情報)

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