調剤薬局のデジタイゼーション・DXの現状と展望「労働環境の整備による採用効果に期待」

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調剤薬局から見た医療構造の「真実」DX化が進まない理由

調剤薬局のDXと聞いて「正確で早い処方が可能になりそう」と明るい印象を抱く方は多いのではないだろうか。しかし、現状は医療業界の構造的な影響があり、それほどスムーズに普及していない現状があるという。

今回は「店舗のICT活用研究所」代表の郡司昇氏に、調剤薬局のデジタル導入における課題や、調剤薬局がどのような視点でデジタイゼーション・DXに取り組めば良いかお話を伺いながら、小売業界メディア「MD NEXT」からもコメントをいただいた。

郡司 昇 氏
店舗のICT活用研究所代表。薬剤師であり、前職ではココカラファインのマーケティングとEC事業の責任者としてグループ統合マーケティング戦略を立案・実行した。現在はIT企業の所有する技術の店舗への活用や小売業のICT戦略・戦術に関するコンサルタントとして多数の企業の課題解決に携わる。
HP: https://ngunji.com/

普及率2.6%。出足が鈍い電子処方箋

2023年1月26日から全国の調剤薬局で電子処方箋の導入が始まった。これまで紙だった処方箋がデジタルデータになることで、患者は処方箋の紛失や有効期限切れのリスクがなくなり、調剤薬局は患者の処方履歴などの情報をデータベース上で確認できるようになる。

一見患者、調剤薬局双方にメリットがありそうな電子処方箋だが、運用開始から半年経った8月27日時点での導入率は2.6%にとどまっており、順調な普及状況とはいえない。

電子処方箋はいわゆるこれまで紙だったものをデジタル化するデジタイゼーションに当たる動きだ。デジタルを活用してビジネスモデルの変革を意味するDX(デジタルトランスフォーメーション)の前段階として欠かせない。しかし、ここ最近の医療業界を見渡してみるとこのデジタイゼーションもそれほど順調に進んでいるとはいえない現状がある。

例えば電子カルテは一般病院全体での普及率は57.2 %。この数字自体も決して高いとはいえないが、病床数200床未満の中小規模の病院だと48.8 %と過半数を切っている。また、院内で患者の状況を共有し部署を超えてオンライン上で指示を出せるオーダリングシステムは、一般病院全体だと62.0%、病床数200床未満の中小規模の病院だと52.3%にとどまる。

つまりこれらのデジタイゼーションは日本全国の医療機関の半分程度しか進んでおらず、特に大部分を占める町の中小の医療機関においてはいまだにアナログな人海戦術に頼っている状況が浮かんでくる。

郡司氏としては調剤薬局をはじめとする現場でのデジタイゼーション並びにDXのいまについてどう見ているのか。

(出典)令和2年度厚生労働省発表資料


「大手の医療機関に関しては、比較的早くからデジタルへの移行を進めてきました。例えば薬剤師が一人しかいない調剤薬局であれば調剤した薬剤をデジカメで撮影して、オンライン上で離れたところにいる別の薬剤師にダブルチェックしてもらうといったシステムを、10年以上前から運用している。

また、待ち時間の短縮というところで患者が紙の処方箋をスマホのカメラで撮影して調剤薬局にデータを送ることで、調剤薬局内で長時間待たなくても完成したら受け取りに行けるというサービスも運用されています。ただ、これは大手など一部の動きで業界全体としてはあまりデジタル化は進んでいない状況です」

デジタル化しても採算が合わない

患者の生命に関わる医療情報を膨大に扱う調剤薬局であれば、業務効率化や新たな価値創出の面でデジタル化は恩恵が大きそうに感じる。データ管理や共有が容易になったり、渡し間違いなどの事故防止、さらに患者の待ち時間の短縮や情報開示など、デジタル活用の道は多岐に渡りそうだが、なぜデジタル化は進んでいないのだろうか。


「一番大きい理由は、デジタル化してICT機器を導入しても儲からないからです。大手やドラッグストア併設の調剤薬局は別として、中小規模のいわゆる町の調剤薬局では導入に数百万円かけてもペイできない。デジタル化をしても売上が上がるわけではありませんし、業務効率化といってもこれまで数人で運営してきたようなそもそも小規模な薬局であれば導入のメリットも感じづらいです」


2022年4月から始まったオンライン服薬指導は自宅にいながらオンラインで薬剤師の服薬指導を受けられ、薬剤の受け取りも自宅で可能ということで、新たな顧客を開拓でき売上向上に寄与するのではないか。確かに一般的なEC通販市場は拡大の一途を辿っているが、調剤薬局の場合は事情が異なると郡司氏は語る。


「患者は大抵は病院やクリニックで診察を受け処方箋を受け取り、その足で門前にある調剤薬局に処方箋を持って行き薬をもらうという動きをしています。つまり、そもそも病院やクリニックが対面診察である以上、わざわざオンライン服薬指導を経て家に薬を届けてもらう意味がない。診察のついでにもらったほうが楽ですから。

さらにいうと、病院側のオンライン診療の普及が進んでいない。理由としてはオンライン診療の報酬が従来の対面診察よりも安いからです。病院側としてはわざわざオンライン診療用の設備を導入してこれまでより安い診療報酬にするメリットがありません。

つまり、病院に足を運ぶ従来型の診療が主流である以上、オンライン服薬指導のニーズも増えないという理屈になります」

調剤薬局の現場としてイレギュラーの発生を減らせるメリットも

医療業界の現状の収益構造が調剤薬局のオンライン普及にも如実に影響しているということだ。ただ、収益面以外にも顧客満足度を高めたり、業務効率化やインシデントを減らすといった目的でデジタル導入が寄与できる部分はないのだろうか。


「もちろんありまして、調剤薬局の現場としてはさまざまなイレギュラーの発生を減らす要素でのデジタルツールやICT機器の活用はニーズが大きいです。

例えば薬局には膨大な種類の薬の在庫がありますが、2000種類の在庫があるときに、調剤室のどこに目的の薬があるのか、さらに予備の備蓄はどこにあるのかなど、初日勤務の薬剤師でも一瞬でわかるような在庫管理ツールがあれば、探す手間も間違いも患者の待ち時間も減ります。

先程普及が進んでいない話をした電子処方箋も、本来はイレギュラーの発生を抑える効果は大きいはずです。現状は病院から渡された紙の処方箋を調剤薬局側でPCに手作業で打ち込むという工程が発生している。

電子処方箋になればこの工程はなくなり、入力間違いも手間も少なくなります。また、処方箋の紛失や偽造といった問題が、電子処方箋なら防げるのもメリットです。

ただし、再三申し上げている通り、大手はともかく町の中小規模の調剤薬局がこれらの課題を解決するためにデジタルを導入するのはコスト的な面で非常にハードルが高い。導入してもペイできないよねという結論になってしまうからです。

だから、現状デジタルを導入するといっても、待ち時間の短縮サービスのような非常に局所的なものに留まっています。調剤薬局のデジタイゼーション、さらにDXを促進するためには医療業界全体の構造変革が必要なのです」

ドラッグストアの調剤薬局では調剤のロボット化が進みつつありますが、これもある程度の規模がないと費用対効果が得られず、導入ができない状況にあります。

例えばドラッグストアのトモズは、この記事の店舗では1日平均200枚の処方箋に対応するため、ロボット化を進めていますし、この仕組みで在宅調剤にも対応しようとしています。

しかし、これが処方箋枚数1日十数枚となると、全くペイしないため、遅々として導入は進まない…ということになります。

従って、調剤薬局チェーンも今後ある程度の集約化は免れないのではないかというのが本誌の見解です。

導入費用を収益上で採算が合うか以外の視点が必要

国としては医療業界のDXを進めようという意図は明白だ。「医療DX令和ビジョン2030」を掲げた厚生労働省の推進チームは電子化促進に向けた法改正案などの審議を重ねており、今後も調剤薬局のデジタイゼーション、DXに関わる国の施策は次々打ち出されるだろう。

今後必ず訪れる業界の変化に対応し、法令を遵守した上で事業を発展させるという文脈では、調剤薬局側もある程度主体的にデジタルの導入に舵を切る必要があるのではないかと思うが、その視点での郡司氏の見解はどうだろうか。

(参考)「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム


「10年後、20年後にデジタル化が全面的に実現しているとしても、やはり中小の調剤薬局にとっては現状どうなのかということがすごく重要です。

やはり、デジタル導入をして売上的にペイできるかという判断方法だと、ペイできないから導入は見送ろうとなってしまう。だから、別の数値での判断基準を設けるというのがポイントになると思います。例えば採用コストです」

デジタル導入で採用コストを削減する

あらゆる業界で若手の人材不足が叫ばれているが、薬剤師も同様で特に地方で顕著だ。厚生労働省発表のデータによると、人口の少ない地方から都市部に薬剤師が流出しており、地方では薬剤師の新規採用に苦労している状況が見受けられる。人材確保という側面では調剤薬局がデジタル化促進を行うことで、強みを生み出す可能性があると郡司氏は語る。

(参考)「令和3年度薬剤師確保のための調査・検討事業報告書」株式会社エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所


「例えばセーフィーさんのクラウドカメラのようなものが薬局内に設置されていて、受け渡しの状況をしっかり記録を取ってくれれば、患者から薬をもらっていないとクレームが来たときにも映像を元に安心して仕事ができます。

また、監査についてカメラを通してAIが正誤判定してくれれば有効なダブルチェックになります。

こういったデジタル環境が整っていれば、熟練度が低い新人薬剤師でも安心して仕事ができますし、業務にスムーズに入れます。つまり、新人でも働きやすい環境が整っている調剤薬局ですよというアピールになるんです」


調剤薬局の薬剤師の年収は600万円前後と言われているが、仮にエージェントを通して採用した場合は年収の40%程度に当たる200〜300万円の手数料が発生する。仮にデジタル機器やソリューションの導入をすることによりエージェントを介さない直採用ができれば、採用コストの削減が実現したという理屈になる。


「クラウドカメラなどを活用して働きやすい環境を作ると同時に採用ホームページなどを整備して直接求職者に応募してもらう導線を作るなど、他にもやらないといけないことはあります。

しかし、一度導入してしまえば毎年初期費用がかかるわけではありませんし、それによってこれまで毎年数百万円かかっていた採用コストを削減できると考えれば調剤薬局にとってメリットは大きいのではないでしょうか。

特に地方の中小規模の調剤薬局だと、大手やドラッグストア併設の調剤薬局と比べると、求職者にとって年収以外の魅力が少ない。そこでデジタルを導入しており働きやすい環境を実現しているというのは、強みになり得ます。

従業員が働きやすい環境だと顧客対応にも余裕が出て接客レベルが上がるとともにミスも減りますので、顧客満足度が上がり選ばれる調剤薬局になるという効果もあるでしょう」

薬剤師をどう獲得するか…。調剤に関わる企業にとって目下の課題はこれです。

実は調剤薬局チェーンは、ドラッグストアの薬剤師より若干年収が低いという状況にもあり(もちろん業務内容もかなり違っているのですが)ます。そんななか「仕事のしやすさ」は求職者にとって非常に魅力的なアピールポイントになることでしょう。

たとえばロボット化を進めることで、「薬剤師の本業である対人業務に集中できる」ことをうたったり、オンライン処方箋受付アプリを導入することで、「調剤を待つ患者様のクレームを減らす」などをアピールすることができれば、薬剤師に選ばれる調剤薬局に一歩近づくことができるかもしれません。

然るべきときに向けてリソースの余力を作っておくべき

採用視点で労働環境のデジタイゼーション・DXを行うというのは一見本筋とは違うように見えるが、確かに採用コストという数値にフォーカスすれば分かりやすく納得できると感じる調剤薬局担当者は多いのではないだろうか。最後に今後調剤薬局のデジタイゼーション、DXはどのように進むと考えているか郡司氏に尋ねてみた。


「現状はまだ電子処方箋普及率は2.6%ですが、感覚的にはこれが10%を超えてくる頃から対応できている医療機関とできていない医療機関で収益に差が出てきます。今すぐ設備投資するということでなくても然るべきタイミングで設備投資、またそれに向けた人材育成をするための、資金を稼いでおく必要があります。

だから、デジタイゼーション・DXに向けた資金をここ数年でプールするという考え方は必要かもしれません。とにかく今は経営余力を作っておくことが大切で、そのためにはやはり先程お話ししたような視点で薬剤師採用を軌道に乗せることも重要な要素です。

幸いなことにデジタルソリューションやICT機器の導入費用は年々下がっているため、中小規模の調剤薬局でも検討しやすい金額になってきました。

特にセーフィーさんのクラウドカメラは一昔前の感覚からすると非常に手頃な価格で製品とサービスを提供していると感じています。セーフィーさんにはもっとプロモーション・マーケティングに力を入れていただいて(笑)、全国の調剤薬局に存在を知ってもらいたいですね」

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