「飲食店のDX」という話題では、デジタルツールを用いていかに業務効率化を成功させるかに焦点が当たりがちだ。自動化して人件費削減、自動化することでサービスを標準化…などの成功事例がもてはやされている。
しかし、「本当にそのDXって飲食店にとって価値があるものなの?」というところに、今回真っ向から切り込むのが月刊食堂の名物編集長・通山茂之氏だ。3,000店以上の飲食店の取材から辿り着いた「飲食店のDXのあり方」についてお話を伺った。
付加価値を与えている部分をDXしてはいけない
– 今回は「飲食店におけるDX」というテーマでお話を伺いたいのですが、長年現場を取材された通山さんが感じていることを教えてください。
「取材や会食などで、飲食店の社長さんとDXについて話すと、みなさん何をDXしたら良いですかと尋ねられるんですね。違いますよと。何をDXしちゃいけないかを先に考えてくださいと私は回答しています」
– 逆転の発想ですね。どのような意図なのでしょうか。
「まず、飲食店が自分達のサービスの本質をよく理解する必要があります。料理をして出すわけだから、食材の仕入れがありますよね。食材の代金は原価として扱われます。原価率の業界指標は30%ですから、1,000円で提供している料理の原価は300円という言い方をするわけです。
一方、原価には入らない費用が存在します。人件費、家賃、水道光熱費など、これらの費用はいわば付加価値創造するために欠かせないコストです。
食材をそのまま提供してもお客様は喜びません。人が調理する、接客することで付加価値が生まれる。素敵な内装空間で楽しい食事体験ができるからお店に行きたいと思う。このように飲食店で発生する費用は、付加価値の創造に直結しています。
特に人件費に関しては、飲食店の付加価値に非常に大きな割合を占めています。例えば注文とりや配膳、会計を全部デジタル化してしまうことは簡単ですが、来店されるお客様は『この部分を人の手でやってくれるからこのお店が好き』という方が大勢いらっしゃいます。そこをデジタル化してしまうことで、その店の付加価値が失われ結果お店は衰退してしまうリスクがあります」
– なるほど。確かにそのお店の付加価値が失われることは死活問題ですね。お店の独自の付加価値を残した上でDXに取り組んでいる事例があれば教えてください。
「伊勢神宮のゑびや大食堂はDXを成功させて売り上げと利益を大幅に伸ばした例としてよく取り上げられるじゃないですか。確かに来店予測やそれを元にしたオペレーションはすごいとは思いますが、今回僕が注目したいのはそんなゑびや大食堂があえてデジタル化していない部分。
ゑびや大食堂は電話対応だけは人の応対のまま変えていません。
電話応対は飲食店にとってすごく手間と時間を取られる業務なので、多くのお店が真っ先にIVR(電話自動応答サービス)を使って自動化したい業務だと思います。
それをあえてしないのは、おそらくですが伊勢神宮が観光地なのでお店に電話をかけてくるのは道に迷った等、何かしら困って電話してくるお客様が多いからです。こういうニーズにはIVRでは満足いく対応ができません。
人間が丁寧に対応して解決に導いてあげることで付加価値が生まれる。ゑびや大食堂はよくわかっているなと思います。
– お客様のことを考えた結果、電話は人が対応するという選択に至ったんですね。伊勢神宮という観光地の特性上、ご高齢のお客様もいるでしょうし、理にかなっていますね。
もう一つ、学芸大学駅前に警視鳥という焼き鳥屋があって、ここではモバイルオーダーを採用しています。面白いのは厨房の設計で、スタッフが全員お客様の方を向くように厨房機器をレイアウトしているんです。
モバイルオーダーはお客様とスタッフの接点が減るのでどうしてもドライな雰囲気になってしまいます。だけどスタッフがお客様の顔を見て調理していたら、『スタッフさんが私のことを認識してくれている』ということで心理的安全性が高まる。
私は別に店員が特別なトークを繰り広げたりする必要はないと思っていて、お客様と目線を合わせて気配りが行き届くことが接客で一番大切という考えなので、警視鳥は非常に上手だと思いました」
人件費の捉え方を変える労働分配率ベースの考え方
– 人が生み出す付加価値の部分はあえてDXしない方が良いということは理解できました。ただ高騰する人件費に困っている飲食店も多いと思いますが、DXで人件費を削減することについてはいかがでしょうか。
「人件費を削るべきコストとして捉える考え方がそもそも違うと思うんですよね。最初にも話しましたけど、食材を仕入れたまま出しても誰も喜ばないじゃないですか。
人の手が加わることによって料理としての付加価値が加わってお客様からお金をいただける。だから、人件費は最大の投資なんです。労働力に投資しないと付加価値を生み出せなくなる。すなわちお店の存在価値が大きく損なわれます。
だから、まず人件費の捉え方を変えるべきなんです。よくFLコスト(飲食店の売上高に占める原価と人件費の比率)は60%以下を目指そうというじゃないですか。
この指標が中小規模の飲食店にとっては正しいとは限らない。これに代わるものとして月刊食堂が提唱しているのが労働分配率をベースに人件費を決めていく思考です。
– 労働分配率をベースにするというのはどういうことでしょうか。
これは売上から原価を除いた粗利の50%を人件費として計上するという計算方法です。
例えば1,000円の料理で原価が300円だとすると粗利が700円なので、人件費には350円が使えるという計算になります。これを従来型のFLコストに当てはめると1,000円のうちの350円は35%ですので、人件費率は35%ということになります。
じゃあ次に、人による付加価値がすごく高いお店で、原価は同じく300円だけどお客様には2,000円で料理を提供できているというお店があるとします。
この場合、粗利が1,700円なので、労働分配率の考え方でいうと50%の850円が人件費にできます。一方、FLコストの考え方だと、2,000円のうちの850円は42.5%ですから、人件費率は42.5%ということになります。
つまり、粗利が大きくなるほど労働分配率をベースに人件費を決めた方が支払える給与が高くなるわけです。この場合、人件費率は42.5%と基準値の30%を大きく上回るわけですが、労働分配率が50%になっているわけですから、経営はまったくの安全圏です。
飲食店の粗利の多くが人の手による付加価値によって生み出されていることを考えれば、この方が理に適っているし、人件費率30%という制限からも解放されるわけです。
– なるほど。飲食店はお客様の体験に寄与するための付加価値を確立することが大事なんですね。
ただ、一つ誤解をしてほしくないのは、私は最近よく言われるようなすべての飲食店がもっと値上げをするべきということを言っているのではないということ。
私は飲食店が安い方が良いというのには200%賛成です。ただ、低価格多店舗展開が取れる大手チェーン以外が安さで生き残ろうとしても、人件費に投資できないことから存続が難しい。
また大手であったとしてもブラックな企業体質で労働力を搾取することにより低価格を維持するような体質はあってはならないと思っています」
人間がやりたくないことにDXを使おう
– ではDXはどのように取り入れるとうまく機能するのでしょうか。
「人がやりたくない部分だと思います(笑)。皆さんも経験あると思いますが、何か嫌な気持ちとか不安がある状態で仕事をするとめちゃくちゃパフォーマンス落ちますよね。
例えばパートナーと朝家を出る前に喧嘩したとか。これって店舗経営にも言えて、あの業務やりたくないなと思いながら働いていると、絶対にパフォーマンスが落ちます。
付加価値の部分にも影響が絶対に出る。だから、DXで得意なことをサポートするというよりは、苦手なところを全部引き受けてもらうのが良いのではないでしょうか。
– 苦手な部分は手放して付加価値のパフォーマンスが上がれば一石二鳥ですね。
価値づくりと収益に相関しない業務はどんどんDXしたら良い。飲食店で働いている人は料理を作りたいとかお客さんを喜ばせたいというモチベーションで働いているので、やりたいところに注力させることで付加価値が増すはずです。
また、苦手なところの話を続けると、飲食店の人は感覚派の人が多く、理系的な論理で物事を組み立てるのが苦手な方もいます。
さらにいうと、店舗経営のノウハウってありますよね。例えば3割引になると売れるとか。あれは別に何か公式があって算出されているわけではなくて、あくまでこれまでの実績データがそういう数値になっているから言われているだけで裏付けとなる理屈はありません。
つまり飲食経営ってすごく感覚でやっている部分が多くて、感覚がはまっているときはいいけど一旦ずれると途端に上手くいかなくなるという危うさを持っています。
そこをサポートするという意味ではセーフィーさんのようなファクトを記録するカメラというのはすごく役に立つ可能性を秘めていると思います」
ファクトを記録して伝えるカメラの可能性
– セーフィーも絡めていただきありがとうございます(笑)。では、店舗運営においてカメラを活用した事例などご存知でしたら伺いたいです。
「とあるカップルの来店が多い焼肉店で、メニューやオペレーションの見直しをしようというプロジェクトがあって分析の支援をしたことがあります。レジの横にカメラをつけて会計時にどんな客層だったか録画することで、注文内容と客層を記録。
会計時の動画のキャプチャーを印刷してそれにレシートを貼り付けるというきわめてアナログなやり方で、ファクトチェックを行いました。
そうして見直してみると意外な結果があり、注文数が少ないと見ていたファミリー向けのメニューが、ファミリー客はほぼ全客頼んでいるということがわかったんです。
メインの客層であるカップル客は頼まないので、数値だけでデータに並べてしまうと埋もれてしまう事実でした。これがわかったことで、ファミリーが来店する曜日や時間帯は、このメニューを多めに仕込んでおくということができるようになりました。
このように動画というのは確固たる事実を記録できるので、感覚派の人が苦手とするファクトをベースに物事を組み立てる手助けができると思います。
– 「百聞は一見にしかず」とはこのことですね。
あと、みんなの手本になってほしいロールモデル社員を設定して、この社員のように動くようにと教育している飲食店もありますが、あれもなかなか難しいですよね。
経営者って平均レベルよりもレベルが高い人材をロールモデルとして指定しがちですから。でも、動画で具体的なやり方や動きが見られたら、みんな真似しやすいじゃないですか。
これまでフワッとしていたことを具体的に分かりやすく視覚的に伝えるという意味でも、カメラや動画の可能性はすごくあると思いますね」
DXで人間が付加価値創出に集中できる環境に
– 最後に「何をDXしたらダメなのか」を見極める上で必要なことはなんでしょう。
「まずは自分のお店のサービスの何が支持されているのか、付加価値を生み出しているのかをしっかり分析することだと思います。ただ、自分の店が人気のある理由を自分で分析しろって言っても難しいんですよね。月刊食堂もなぜこの企画がヒットしたのかわからないことがよくあります(笑)。
だから、まずDXをする上での自己分析の段階で第三者の目を入れるのは必要かもしれません。それこそセーフィーさんのカメラはピッタリじゃないですか。ファクトを記録して見返せるわけですから。
その上で人間がやらなくても良い部分、やりたくない部分、付加価値創造に関係ない部分から自動化していったら良いと思います。
そうすることで経営がもっと合理化するのではないでしょうか。DXとかデジタル化というと業務効率化の文脈になりがちですが、効率化っていう言葉は良くないですよね。効率化だとコストカットになってしまう。
そうではなくて、デジタルの力を活用して経営を合理化していこう、人間が付加価値創出に集中できる環境にしていこうというのが正しいのかなと思います」
– 本日は貴重なご意見をいただきありがとうございました。