Writer:御代貴子
2026/04/21
セコム 島岡政基氏×慶應義塾大学法科大学院 山本龍彦氏鼎談「人権保護とデータ利活用の両立を目指す法改正」:前編
2026年2月4日(水)、「プライバシーへの配慮とテクノロジーの融合が創る持続可能な企業価値」をテーマに社内勉強会を開催しました。
セーフィーでは、企業としてのデータガバナンスのあり方を社員が考え、リテラシーを向上させることを目的にした勉強会を不定期で開催しています。今回は、データ利活⽤が加速する社会において、法律や倫理観をどう捉えてテクノロジーを使うべきかを考えました。個⼈情報保護法やデータ保護法を単なる規則として捉えるのではなく、その背景にある「⼈権‧プライバシーへの配慮」や「データガバナンス」などの本質的な価値を理解し、⾃律的に判断するリテラシーの重要性に向き合います。
ゲストとして、セコム株式会社IS研究所の主幹研究員としてデジタル社会におけるトラスト(信頼)形成を研究する島岡政基氏、慶應義塾大学大学院法務研究科教授であり同大学X Dignityセンターで人間の尊厳にまつわる領域横断研究を行う山本龍彦氏をお招きし、セーフィー代表取締役社長CEO 佐渡島隆平がファシリテーターを務め鼎談が行われました。

前編では、佐渡島隆平と山本龍彦教授のプレゼンテーションをお届けします。
セーフィーが取り組むデータガバナンス体制
ーーはじめに、セーフィーにおけるデータガバナンス体制について、佐渡島からお話しします。
佐渡島
セーフィーは、データガバナンスの取り組みとして「データガバナンス委員会」を設置するとともに、「セーフィー データ憲章」を制定しています。
データガバナンス委員会は、島岡さんや山本先生をはじめ有識者の皆さまに委員として入っていただき、専門的な知見からアドバイスをもらい、我々が経営の意思決定をしていく仕組みです。データガバナンスは、ルール化されていない領域も多くあるのが現状です。その中で、明確なルールがなくとも事業を前に進めるための活動として位置付けています。
また、当社のビジョン「映像から未来をつくる」の実現に向け、映像データの基盤を社会全体で共有するために、社員のデータガバナンスやプライバシーへの視座を上げていくことも目指しています。
「セーフィー データ憲章」は、セーフィーのプラットフォームを皆様に安心して利用いただき、目指す姿である安心安全な社会づくりへの貢献を実現するためには、データの適切な取扱いが必要不可欠であると考え制定したものです。技術革新を取り入れながら新しいチャレンジをするための「憲法」のような役割をもちます。このデータ憲章に則り、セーフィーのカメラを利用するお客様に映像の取り扱いにまつわるガイドラインを示す活動も行っています。
さらに「ブランドコミュニケーションガイドライン」も定め、法令遵守とともに、データガバナンスの観点からも、カメラ利用に関する企画・設計・運用・管理等のすべての場面において生活者へ配慮したコミュニケーションの原則を定めています。過去には、このガイドラインに則り「映像の取り扱いが不適切とご指摘をいただく可能性がある」と判断し中止したマーケティング施策もありました。

プライバシーにまつわる法改正の最前線
ーー次に、山本先生から個人情報保護法をはじめとする法改正の潮流について解説をお願いいたします。
山本
個人情報保護法は、国際的な動向やテクノロジーの進展をふまえ3年ごとに見直されるようになっています。2026年1月に公表された最新の制度改正方針における主な論点は、以下の4つです。
1. 適正なデータ利活⽤の推進
2. リスクに適切に対応した規律
3. 不適正利⽤等防⽌
4. 規律遵守の実効性確保のための規律
「適正なデータ利活⽤の推進」には、これからのデジタル社会のあり方が色濃く現れています。これまで個人データの第三者提供や要配慮個人情報の取得には慎重な姿勢が示されていましたが、統計情報やAI開発の利用については一定の条件を満たせば本人同意を不要とする方向で法改正に向けた議論が進んでいます。AIの学習データの利活用を進めるための法改正です。
「リスクに適切に対応した規律」では、リスクに見合った権利利益の実効的な保護が示されています。16歳未満の子どものデータについては法定代理人の同意が必要との議論が進んでいます。また、セーフィーの事業領域にも関係する点として、顔特徴データなどの生体情報は本人が関知しないうちに企業などが入手しやすいことから、取り扱いに関する周知の方法が義務化される方向が示されています。また、映像に記録された本人から利用停止請求がしやすくなるよう法改正される予定です。
「不適正利⽤等防⽌」で注目すべきは、端末情報やクッキー情報の取り扱いについてより具体的な規律が導入される可能性がある点です。日本では、ターゲティング広告などに使われるクッキー情報はそれ自体では「個人情報」として保護されていませんでしたが、個⼈の権利利益の侵害につながるリスクが高い場合には、個人情報と同等の保護をすべきとの方向で議論が進みそうです。
そして、「規律遵守の実効性確保のための規律」を強化するために、違反行為に対しては課徴金の納付を命じることもできるようになります。

ーー今回の法改正の背景には、どのような考え方があるのでしょうか。
山本
今回の法改正では、個人情報保護法の目的である「個人の権利利益の保護」とは何かを明確にするために、個人が直面する「4つのリスク」が示されました。ポイントになる考え方は、本人の権利利益へ直接の影響があるかどうかを切り口に、規律の内容を検討するというものです。
(A) 評価・選別及びこれに基づく影響を与えるリスク:個人情報によって本人が知らないところで選別・評価されてしまうこと
(B) 直接の働きかけを⾏うことのリスク:個人の脆弱性などをデータから分析し、それにつけ込むような形でマイクロターゲティングされてしまうこと
(C) 秘匿領域が他⼈に知られるリスク:介護情報や健康情報、性的嗜好などのプライバシー情報が本人の意図しない形で第三者に漏洩・流出してしまうこと
(D) ⾃⾝のデータを⾃由意思に従って制御できないリスク:自分のデータにも関わらず本人が主体性やコントローラビリティをもてず、人間が個人ではなく対象物(モノ)として扱われてしまうこと
本⼈の権利利益に直接影響を及ぼすものについては本⼈関与を認める一方、AI開発にデータを使う場合のように、本人の権利利益に直接の影響が認められない場合は本⼈関与を必要としない⽅向になっています。
ーー海外におけるデータ保護の法規制はどのようなものがありますか。
山本
海外を見ると、EUは「情報自己決定権」の発想でGDPRを制定し、自分のデータに対する管理やコントロールを強化してきました。近年は、AI開発を進める必要から、EUデジタル・オムニバスパッケージで規制をやや緩和するような方向が示されています。アメリカは州レベルでEUのGDPRやAI法と類似する立法がありますが、トランプ政権が2025年末に「⼈⼯知能に関する国家政策の枠組みの確保」という大統領令を出し、規制緩和の方向で全米で基準をそろえる方向性も提示されています。
世界的にも、個人に直接関係がある「個⼈界」のデータ利⽤は本⼈のコントローラビリティを担保しつつ、AI開発など、個人に直接関係がない「集合界」のデータ利⽤については同意要件などを緩和し、徹底した利活用を促すような流れがあると思います。チェックリストを満たすことをカテゴリカルに求める「ルールベース」から、「リスクベース」アプローチへの移行が進んでいるのが現在地といえます。
人権を守りながらデータ利活用が進む社会へ
ーー今後、データ保護において日本が向き合うべき論点についてはどうお考えでしょうか。
山本
日本は、個人データ保護と基本権(fundamental right)との関係性にもっと留意すべきだと考えています。EUはGDPRやAI法に、カリフォルニア州では州法に、個人データ保護ないしプライバシー権は基本権であるとの考えが明示的に組み込まれていますが、日本では両者のつながりはあまり意識されません。個人情報保護法も憲法上の権利とのつながりが明確には書かれれていません。リスクベースアプローチにおいて、リスクを正確に査定するにも基本権の観点が欠かせません。
この点で、「基本的人権」と「民主主義」という言葉が直接刻まれているセーフィーのデータ憲章は注目すべきだと思います。データガバナンス委員会もリスクベースの考え方で運営されており、日本では先進的な取り組みだといえます。

近年、技術が我々人間に与える意味や価値を問う「技術哲学」という領域が世界的に重要視されています。イスラエルの歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリは、ネットワークに接続されデータフローに含まれることを拒絶する人を「異教徒」と表現し、異教徒も含めたすべてをデータフローのシステムにつなぎ、多くの媒体と結びついて情報を生み出し、消費することがAI社会の「戒律」になると述べています。
ネットワークにつながる世界は素晴らしい一方、つながりすぎる世界になることへの疑問ももつべきだと私は思います。私の同僚で法哲学者の大屋雄裕教授は、「現在のカーナビは目的地までの最短ルートを教えてくれる。ところがAIによって個々の車のカーナビが高度につながると、その車にとっての最短ルートではなく、街全体で渋滞が起こらないよう遠回りのルートを示されることも出てくるだろう」と述べています。これを人間に置き換えると、個人の主体性・自律性よりも社会全体の利益、全体最適が重視され、個々の人間が手段化・客体化してしまいかねない。我々は今、このような問いに向き合うべき時を迎えていると思っています。
後編では、山本先生から解説いただいた法改正の方向性をふまえ、企業が育むべき倫理観や、法とテクノロジーのあるべき関係性を考えるディスカッションの内容をご紹介します。
<後編記事はこちら>
著者紹介 About Writer
- 御代貴子
- フリーライター。IT業界、人材業界、料理家のコンテンツ制作を経験した後、独立。執筆分野はビジネス全般、社会人のスキルアップやリスキリング、人事・組織など。経営者へのインタビューも多い。書籍『60分でわかる! 1on1ミーティング実践 超入門』執筆協力。書籍『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』共訳。
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