
Writer:鈴木陸夫
2025/08/28
キヤノンMJ足立正親対談「映像が切り拓く未来へ、思いと人間力が紡いだ8年間の共創の軌跡」:前編
キヤノンマーケティングジャパン株式会社(以下、キヤノンMJ)とセーフィー株式会社(以下、セーフィー)の関係は2017年の資本業務提携からスタートし、その後も映像データの利活用を軸に、さまざまな形でパートナーシップを深めてきました。キヤノンMJ代表取締役社長の足立正親さんとセーフィー代表取締役社長CEOの佐渡島が、それぞれの見据える未来と、手を取り合うことで生まれるシナジーの可能性を存分に語り合った対談の模様を前後編でお届けします。前編では、お互いのビジョンに導かれるように共創に至ったこの8年の軌跡を振り返ります。

両社をつないだ「映像」と「未来」への思い
足立
キヤノンMJは、カメラメーカーとして創業したキヤノンの国内販売会社として、1968年に、事務機、そしてカメラの取り扱いをスタートしました。
私が入社した1982年ごろのカメラは、当然今のようなネットワークカメラは含まれていませんが、映像の技術にわれわれの強みがありました。
その後、時代が下るにつれてITソリューションを強化していきます。2024年度はITソリューションの売上が全体の48%、2025年度は5割を超える見込みです。ただし、単にシステム構築をするというだけでなく、その中でも映像ソリューションを成長領域として重要な位置付けとしてきました。カメラと事務機の会社から始まったわれわれの強みは、この時代においても進化しながらも変わらないということです。
われわれは常に時代の先を見据え事業領域を広げてきました。そうした中、多彩なグループ社員も増え、御社のようなパートナー企業と共創することも多くなってきています。今、変化の大きい、先の見えない時代だからこそ、自分たち自身がしっかりした軸をもっていないと流されてしまう。だからこそ、自分たちの志を軸に持ち、キヤノンMJグループがどこへ向かおうとしているかを分かりやすく示す必要があったのです。そこで今と未来のありたい姿を思い描き、「そこに向かっていくんだ」という“北極星”が必要だと考えました。
佐渡島
それが2024年1月に発表されたパーパスですね。
足立
はい、そうです。
「想いと技術をつなぎ、想像を超える未来を切り拓く」 というパーパスを制定しました。ここには、私たちとお客さまの想いに、これまで培ってきた強みと多様なパートナーが持つ技術をつなぎ、イノベーションを生み出すことで、複雑化・深刻化する社会課題を解決し、希望と喜びに満ちた未来の実現に向かって取り組んでいくという意志を込めています。
検討から社外公表まで経営層中心とした議論にじっくり時間をかけ、表現にも納得いくまでこだわりました。例えば意味的には「拓く」でも良いところですが、私のこだわりで「切り拓く」としました。常に市場を開拓してきた開拓者精神を改めて明確に表明したいという想いが込められているんです。
また、パーパス制定と同時に私たちの象徴表現として、「未来マーケティング企業」を宣言しました。
佐渡島
非常に興味深いです。今、IT企業を中心にビジョンやパーパスをつくる成長企業が増えていますが、想像力を映像化・見える化することで、ステークホルダーの目的意識を一つにして経営しているところが伸びていく企業になり得るのだと思います。
セーフィーは「映像から未来をつくる」というビジョンを掲げています。
私とともに創業した初期メンバー2人は、もともとソニーで機械学習アルゴリズムの研究をしていました。そこに2012年、ディープラーニングという技術が登場し、これからはデータ活用の時代、そこにAIが入ってくる時代なのだと痛烈に感じたんです。2030年には、電気・水道・ガスと並んで、リアルタイムデータがインフラになる「データ駆動型社会」がやってくる、その社会における最大のリアルタイムデータは映像だろうと予感しました。
でも、誰かが未来をつくるのをただ待つよりも、自分たちでつくった方が面白い。映像データから未来をつくっていったら、新しい社会を切り拓けるのではないか。そのように考えて、このビジョンを掲げるに至りました。
足立
なるほど。
佐渡島
映像データとAI、すなわち「目」と「脳」が融合していくと、人が現在やっているさまざまな行為をアプリケーションに置き換えられるようになるはず。ある種未来から逆算するような形で事業をつくってきました。現在「現場DX」としてわれわれが取り組んでいる、安全管理をはじめとしたさまざまな企業活動を遠隔で行うことも、まさにそうしたことの一つです。

足立
「未来をつくる」「未来を切り拓く」上では、映像データは素晴らしく有用ですよね。なぜって情報量が多いから。扱うのは大変だけれど、うまく扱えると非常に大きなことができる。
佐渡島
本当にそう思います。人が見ている世界というのは、左脳的なものと右脳的なものが統合された世界です。そうした脳の構造上、一番データ量を使うんですよね。
また、統合認知された世界であるということは、同じ映像であっても、人によって見え方や、価値を感じられるか否かも異なるということです。素人が見たらなんの変哲もない映像でも、その道のプロが見たら「このやり方は施工管理上ダメだ」「技術的にはこう言える」といったことが一発で分かる。撮り方・出し方一つで、アートにもなれば記録にもなるのが映像です。その多様性をビジネスにできると、マーケットとしても広がりが生まれます。映像・画像というのは、それを引き出しやすいツールだなと感じています。
強みを掛け合わせることで最強のコンビに
足立
われわれも古くからいろいろな形でカメラを扱ってきており、その中にはネットワークカメラの原型のようなものもありました。ただ、従来型のカメラは拠点ごとに撮影し、ローカルにデータを保管するスタイルでした。何かことが起きた後にそれらを最初から見返して検証することになるので、非常に効率が悪かった。できればリアルタイムで把握できた方がいいというニーズがありました。
多店舗展開するお客さま向けに、複数拠点をつなぐビデオマネジメントシステムを提供したりもしてきましたが、依然としてデータはローカル保存していました。過渡期としてはそれでよくても、ゆくゆくはクラウドに移行すべきだろうし、その際には、導入・運用の簡便さが非常に重要になるという考えがありました。まさにそのようなことを考えていたタイミングで出会ったのがセーフィーさんでした。
御社の発想や思想、成り立ち、さらに取り組んでいる方向性は、弊社が考えていたこととの親和性が非常に高いものだと感じました。
一方でわれわれには長年培ってきた顧客基盤と販売力がありますので、協業することでセーフィーさんにとってのメリットもご提供できると考えました。

佐渡島
本当にありがたいことです。というのも、われわれ創業メンバーはもともとBtoCしかやったことのない集団でしたから。ソニー時代もそうですし、セーフィーは私の自宅の防犯カメラをもっと解像度が高く、使いやすいものにしたいという発想から始まった会社です。
けれども、カメラというのはいわば「目」なので、一つの機種、一つの目だけですべての世界をまかなえるということは、まずあり得ません。自分たちのファームウェアを皆さんに使っていただき、いろいろな場所にあるいろいろな目をクラウドドリブンにしていくことで、新しい可能性が拓けるものだと考えていました。
しかし、マーケットの規模として桁違いに大きいBtoBの世界に打って出ようと思っても、われわれのようなベンチャーがゼロから開拓するのは、事実上不可能です。一方、BtoBの領域で映像ソリューションに取り組んでいるのは、御社を含めて数社だけ。われわれからすると、その数社と組めるかどうかがすべてを決めるという状況でした。
ですから、キヤノンさんがアクシスコミュニケーションズさんを買収するというニュースを見たときには「千載一遇のチャンスが来た!」という気持ちでした。
足立
今もそうですが、アクシスは当時から世界的なカメラメーカーでしたからね。
佐渡島
一方で、その当時ビジネスソフトウェアの世界においてはUX・UIの優先度があまり高くなく、「置くだけで使える」「検索性が高い」「サクサク動く」といった発想はあまり見受けられませんでした。「置くだけポンで賢くなるカメラ」というコンセプトを打ち出し、一貫して手軽さを強みにしていたわれわれであれば、新たな価値を提供できるのではないかとも思いました。
BtoCでUXを磨きあげてきたわれわれと、BtoBのソリューション開発力や幅広いお客さまとのネットワークをお持ちのキヤノンMJさんなら、最強のコンビになれるはず。そこには国内だけでなく、グローバルにも通じる可能性があるだろうと考えたわけです。

足立
われわれとしても当初から「これは一緒にやっていける」という思いがありましたが、その後の8年で、それ以上にいろいろなことを学ばせてもらっています。非常に嬉しいのは、われわれを信頼してもらえていることです。いろいろな技術を持ったスタートアップをご紹介いただき、輪を広げることができている。そのことがまた、御社と弊社の関係をさらに深めていくことになると感じています。
技術シナジー以上に大切な、互いのリスペクト
佐渡島
協業8年の成果は挙げればキリがないですが、初期の事例として印象深いのは、幼児教育の塾への見守りカメラの導入です。というのも、その塾には私の子供が通っていたので。そこにアクシスさんのカメラが次々に設置され、その分だけ便利になっていくさまを見て、子供の見守りの需要を自分ごととして実感できました。そこから全国の保育園さんなどにも使っていただけるようになりました。
見守りカメラのような優しい世界の事例もあれば、もっと過酷な現場での使用事例もあります。たとえば、鉄鋼メーカーさんなどの遠く、広く、危険で、人の目では見切れないところにカメラを設置し、見られるようにしていく取り組みもあります。また、最近は物流の事例も多くなってきていますね。
足立
「広くて見切れない」ということだけでなく、経験の浅い現場作業員の目線を遠隔でベテランに共有することで、保守業務が回るようになるという事例もありますね。
実は、過去には弊社単独で同様の課題解決に取り組んだことがありました。当時はカメラをヘルメットにつけていたのですが、その映像を見たメンバーが「酔ってしまう」という問題がありました。セーフィーさんの『Safie Pocket(セーフィー ポケット)』シリーズは、胸ポケットにつけられる上、手振れ補正も加わったことで、この問題を解決できました。大手のお客さま向けに保守保全のITソリューションを提供しているわれわれとしては、非常にありがたい事例です。
佐渡島
介護施設などの、地域でスモールビジネスを展開されているお客さまにも使ってもらえていますが、これはわれわれだけでやろうとしても絶対にリーチできないところです。電源の工事なども含めて対応できるネットワーク、そして信頼関係をキヤノンMJさんがもともとお持ちだったからこそ、実現できたこと。われわれにはプロダクトは作れても、全国津々浦々にまで届けることは難しいですから。そういうところも非常にありがたいと思っています。

このように、うまくいっているのには技術的シナジーや、それを使って新しいマーケットを開けているといった外形的なところももちろんあると思うのですが、それ以上に私が感じているのは人の力です。協業している中では、残念ながら、大事なお客さまに向けて提供してきたサービスを撤退せざるを得ないこともあります。そうしたネガティブなケースも含めて、キヤノンMJさんとの間では、お客さまに価値を届けるという目的に向けて、お互いに胸襟を開いて侃侃諤諤の議論をすることができている。
よちよち歩きのわれわれのような会社に対しても、しっかりと向き合ってもらえているのを感じます。キヤノンMJの皆さんが「ベンチャーと一緒にやっていこう」という思いをお持ちだからこそ、うまくいっているのではないでしょうか。
足立
キヤノンという会社は、もともとは自前で技術を追求する会社であって、どこかと組むという発想はあまりありませんでした。ここ数年は、グローバル視点において地域によっては主力事業における市場の成熟化を見越し、新たなる成長をめざすためにだいぶ変わってきてはいます。弊社は販売会社であり、より市場に近い位置にいるので、親会社以上に昔からそういうところがあります。
キヤノンMJという社名通り、キヤノン製品がメインなのは間違いないですが、以前からそれだけを扱っていたわけではありません。古くはアップルコンピュータのローカライズを行い、1983年に販売提携し、アップル製品を国内の総代理店として多く販売していた会社だったこともあります。その後、SIへとビジネス領域を広げていきますが、いろいろなものを扱い、いろいろなところと組んで大きくなってきたのが弊社の歴史です。その意味では「パートナーと一緒に伸びていく」という風土・感覚が当たり前のものとして根付いていると思います。

われわれにない技術や知見をもつパートナーと組む際には、規模の大小は関係ありません。5人の会社だろうと1万人の会社だろうと、等しくリスペクトしています。その点、セーフィーさんは非常に高い技術力を持っていますし、佐渡島さんをはじめとして、メンバーは皆さん人間的な魅力をお持ちです。
見習わなければならないことがたくさんあります。一つはスピード。決断だけでなく、動きが早い。考えながら動く「考動力」をお持ちですよね。そしてもう一つはアンテナ感度の高さ。この時代においては自分たちから発信するだけでなく、情報を受信する力を高めることが重要だと思うのですが、皆さんはその感度が非常に高い。そこは私自身も見習わなければならないと思っているところです。
<後編記事はこちら>
著者紹介 About Writer

- 鈴木陸夫
- フリーライター。よりよく生きるとはなにかを学び、実践し、還元したいとの思いで、ジャンルは問わず幅広く取材しています。
この連載について About Serial
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