各社の取り組み状況
先日、とある小売業さんがメタバースを期間限定で開放しているという報を聞きつけ、スマホで遊びに行ってみました。メタバース空間を自分のキャラクターで歩き回るというもので、クイズや商品販売コーナーが展開されていました。
最近の小売業はアプリという顧客接点にくり返し接触させようと、いろいろな施策を繰り出しています。ポイント還元、クーポン配布、チラシ閲覧はもちろんですが、ガチャやゲームなどを提供している企業もあるようです。しかし、「面白さ」という価値をアプリで提供できているかというと、各社ともに苦戦しているようにも感じます。
リテールテインメント=Retail+Entertainment
「リテールテインメント」という言葉があります。小売を意味する英語「Retail」と、娯楽を意味する「Entertainment」を合体させた造語で、「小売ならではのエンターテインメント」という意味です。
これには、売場の楽しさやワクワク感、おもてなしなどの価値も含まれています。
リテールテインメントの本質
そもそも、小売業の面白さはどこにあるのでしょう。新しい試みであるガチャやメタバースにあるのでしょうか。
筆者はこう考えます。商品という「モノ」・店舗という「場所」・従業員という「人」の個性、これらの組み合わせにこそリテールテインメントがあるのではないかと。これらこそが小売業の本質的な面白さであり、それをお客さまに伝えることにリテールテインメントの本質はあるのではないでしょうか。
リテールテインメントを体感した店舗
2000年代初め、ヴィレッジヴァンガードはそのお手本だったなぁ、と筆者は思います。従業員さんが商品についてマニアックで、彼・彼女たちが書く手書きPOPに誘われて、それまで知らなかった本や雑貨に出会う魅力がありました。そのサブカル風の雰囲気に誘われるようにして、用事もないのに店に足を運ぶこともしばしば。
最近見に行ったなかではベルクさんの冷凍食品売場は圧巻でした。 「プロテイン入りの餃子! 」「地元埼玉の味・秩父名物みそポテト!!」「すごく大きな冷凍ピザ!!」「ベルプチイイイ!チーズドッグ!!!」(一口スナックをこのように称するらしい…)などなど、面白い商品がいたるところに差し込まれていて、「なにこれ面白い!」と興奮してしまったものです。
冷凍食品カテゴリーは大手メーカーが多くのシェアを占めていて、放っておくとどうしても売れ筋NB中心の売場になってしまうのですが、私が訪れた店舗の冷凍食品売場は、まさにバイヤーさんの「お客さんに楽しんでもらいたい!」という意図をそこかしこに感じるスペースでした。
久々に復活したカルディコーヒーファームの店頭のコーヒー試飲も話題です。小さな紙コップに注がれたコーヒーを飲みながら店内をうろうろと歩く、面白くておいしそうな商品を探す時間は、買物の楽しみに溢れています。
まさに、この「未知の商品を知る・発見する楽しさ」こそが、小売業のエンタテインメントの本質ではないのでしょうか。
リテールテインメントはオンラインでも提供可能
冒頭でリアル店舗がデジタルでの商売との差別化リテールテインメントは、リアル店舗だけが提供できる価値だという言説もありますが、筆者はオンラインでもこのわくわく感を提供することは可能だと考えています。
こんな商品があるの!? こんな値段で買えるの!? そんな驚きから、おもわず商品をネットで購入することがありますよね。昨今では、システムが過去の購買動向から商品を推してくれるので、よりクリックする確率が上がったような気がします。
これは私のAmazonのトップ画面です(一部加工済み)。閲覧履歴に合わせて表示される商品が変化しますから「その人のためだけの画面」になります。これまで見ていた商品に関係するものが多いので、当然気になるものばかり。もちろん、これは皆さんのAmazonのトップ画面とはちがった内容です。これも十二分にリテールテインメントであると思うのです。
「人間臭さ」がリテールテインメントになる時代
リテールテインメントを極めることが優位性を生み出す
少し話が逸れますが、この「商品推奨システムの精度」の話のように、小売業の優位性を決める要素のひとつに、データやIT活用があるように感じられるかもしれません。しかし、いえいえそうじゃないよ、と筆者は思います。
もちろん、先ほどのAmazonのトップ画面からもわかるように、データの重要性は日々増していますし、この先さらに活用も進むはずです。でも、行き着くところまでいったら、より重要になるのは、データによる最適化とは真逆の「主観」による推奨なのではないでしょうか。
データとシステムが整備され、ありとあらゆるものの代替可能性が高まる世の中においては、「〇〇さんのお薦め」というような、人の主観でしか差別化ができなくなってきます。そして、この人の主観、「人間臭さ」のようなものが、リテールテインメントになり、優位性を生み出すのではないかと思うのです。
「〇〇さんがオススメしてるから買う」という購買行動
「私は、この地域に20年住んでいて、3人の子供を育て上げ、料理が趣味で、今では家政婦をしている田中さんから簡単に作れるお弁当の材料を教えてもらいたい!」
「70歳を超えているけれど健康的な薬剤師の山本さんに、私にぴったりの漢方薬の提案をしてもらいたい!」
「私の好みを知り尽くしている美容部員の鈴木さんに、新商品のマスカラの中でどれが自分に似合うのかをアドバイスしてもらいたい!」
この場合の、【田中さん・山本さん・鈴木さんだから】という部分は、その人のバックグラウンドや、それまでのお客さまとの人間関係という代替不可能なものです。データ全盛時代だからこそ、〇〇さんに会いにお店へ足を運ぶ…。そんな未来が来るんじゃないかなと、筆者は考えます。
これは「販売員はすべからく顔と名前を出したまえ!」という意味ではありません。たとえ〇〇さんという名前が表に出ていなくても「あの書店のあの棚は毎回発見があるからまた行ってみよう」みたいに、棚からにじみ出る個性というものがあります。そして、そういう個性によって購買行動を喚起することでしか、他店舗と差別化はできなくなってくるように思います。
全部がコモディテイになるから、人間臭さがリテールテインメントになる。価値観を通じた関係性をお客さまと作っていくことこそが、この先の小売業に求められるものなのではないか、そんな風に筆者は思うのです。
(著者プロフィール)
株式会社プレーンテキスト 代表取締役
「MD NEXT」編集長
鹿野恵子
小売・ITライター、編集者。1978年仙台市生まれ。2001年早稲田大学法学部卒業後、アスキー、商業界、ITベンチャーを経て、2015年に制作会社プレーンテキストを設立。現在、流通小売業向けWEBメディアの「MD NEXT」(運営:ニュー・フォーマット研究所)編集長。流通小売業とテクノロジーを軸に執筆活動を続けている。編著書「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP)