♯3 いま小売業に求められている「コンテンツ編集力」とは?

特集

ウェブメディア「MD NEXT」の鹿野編集長に寄稿いただいた連載コラムの第3弾、テーマは【リテールメディア】です。

本連載では、小売業界の方や、より深く小売を学びたいという方に向け、時事ニュース、テクノロジー、原理原則などをおりまぜて解説し、業界に対する理解を促すものにしていきたいと思っています。

店舗で働かれている方はもちろん、卸売業・メーカー、リテールサポート業の方にも読んでいただける内容です。

著者プロフィール

【連載コラム①】「リアル店舗」にとってChatGPTは脅威になり得るのか

【連載コラム②】「従業員や取引先の満足度」と向き合う必要性とは?

「購入履歴」を持っている小売業の強みに高まる期待

ここ数年、取材をしていて強く感じるのが、「リテールメディア」に対するあちこちからの熱い視線です。

「リテールメディア」とは、小売業をメディアととらえ、店舗に設置されたサイネージやECサイトなどでお客さまに広告を提供することをいいます。

出版社が発行している雑誌には広告枠がありますが、この広告枠に、企業やメーカーが広告を出稿することによって出版社は広告費を稼いでいます。このビジネスモデルをイメージしてもらえば、「リテールメディア」というものがわかりやすいと思います。

小売業では、雑誌の広告枠の代わりに、店頭での商品陳列、ECサイト、チラシ、サイネージなど、さまざまなお客様との接点に対してメーカーなどが広告を出稿し、小売業が広告費を得る、というビジネスモデルになります。

たとえば、新商品をアピールしたいメーカーがいるとします。メーカーは広告費を支払う代わりに、自社商品の広告を店頭のサイネージや小売業のLINEアカウントで流してもらう。小売業が運営するECサイトで、検索結果の目立つところに広告を表示してもらうのもリテールメディアと言えるでしょう。

もちろん、「店舗で商品の新発売イベントを実施する」ことや、「店頭で大量に商品を陳列する」なども、昔からあるプロモーションもリテールメディアの活用の一環です。

(なお、ここではあまり大きく取り上げませんが、自社媒体以外のサイトに小売事業者がリターゲティング広告を表示する「オフサイト広告」も重要なリテールメディアの一つです)

過熱するリテールメディア

ではなぜ、リテールメディアがいま熱狂の中にあるのか。実は、この動きを後押ししている動きの一つが、店頭への導入が進むサイネージです。

こちらの記事にもあるように、コンビニ各社は店頭へのサイネージの導入を進めています。そして、この動きは食品スーパーマーケットやドラッグストアの企業にも見られているのです。

リテールメディアを他のメディアと比較したときの強みは、お客さまの購買情報をもとに広告配信ができるという点です。

サイト訪問者の閲覧情報などを踏まえたうえで、ターゲティング広告枠を広告主に提供するようなウェブメディアはたくさん存在していますが、リテールメディアの持つ「ほんとうに購入した商品」の情報ほど、お客さまの趣味嗜好を雄弁に語るものはありませんよね。

さらに、サードパーティーCookieの利用規制の動きが、ファーストパーティーデータを活用できるリテールメディアへの注目度をさらに高めています。※

・1to1マーケティングのために必要な、お客様の購買情報を持っていること

・ウェブ、アプリ、SNS等のデジタルな接点にとどまらず、店舗という実際に購買の意思決定をするリアルな接点も有していること

これらの背景が、リテールメディアに熱視線が送られる理由の一つなのです。

※ファーストパーティーCookieとは、そのサイトを運営してる企業が発行しているCookieのことで、サードパーティーCookieとは、サイトの運営とは関係ない第3者が発行しているCookieのこと。しかしサードパーティーCookieは、ウェブサイトを離れたあとのユーザーの行動を追跡する可能性があるため、利用に関して各国で法規制が進んでいます。

急激に伸長するリテールメディア事業

米アマゾン・ドット・コムの2022年会計年度における年間広告売上高は377億ドル(約5兆円)であるといいます。そして、ウォルマートのリテールメディア事業の売上高は前年比約30%増の27億ドル(約3,800億円)だったそうです。

(参照)「Amazon広告」徹底研究 国内リテールメディアに足りない競争力 – 日経クロストレンド

(参照)薄利の小売業界で高収益に湧くリテールメディア – NEC wisdom

リテールメディアの原資と考えられているのが、メーカーの広告費です。これまでに、メーカーは非常に高額の広告費をテレビなどのマス広告に投資してきました。少し古いデータですが、大手ビールメーカー3社でいくと、年間数百億円規模の金額を広告費として投資しています。

しかし昨今、TVCMの効果が落ちてきており、その次の集客のための媒体として、リテールメディアが注目を集めているのです。

また、まことしやかにささやかれているのが、メーカーの「販促金」がこのリテールメディアに流れるのではないかという話題です。「販促金」とは、主にメーカーが小売業での販売を促進するため、一定期間の売上をもとに支払うリベートの一種です。このリベートは代金回収後、金額に応じてメーカーから卸売業や小売業、あるいは卸売業から小売業へ支払われます。

この販促金、財務諸表上は売上として表示されないのですが、一説には小売業全体で数百億~数千億円はあるのではないかといわれている、隠れた金脈なのです。この販促金がリテールメディアに流れるのではないか、というのです。

ですが、筆者は、この予想に一部賛成ではあるのですが、そこまで楽観的には捉えていません。

情報の取捨選択が苦手な日本の小売業

そもそも、アメリカと日本における小売業の店舗の状況を比較してみると、アメリカほどの効果を日本の店頭のリテールメディアが発揮できるのか、という疑問があります。

アメリカの小売業の店内は、売場面積の広さも相まって、通路は広く、情報は厳選されていて、シンプルなイメージがあります。PDQやRRPと呼ばれる、ディスプレイを兼ねた段ボール箱のまま商品が陳列されていることが多いです。店頭にメーカーの販促物がやたらと貼り付けられているようなことはあまりないです。

重要なのは、顧客に情報を「どう選び、どう見せるか」

一方、日本の小売業は、明るく賑やかな店舗がよしとされ、お客もそれを楽しむ文化があります。メーカーの販促POPや、手書きのPOPが賑やかな店舗をよく見かけますよね。

ジャングルの森の中から、自分が探しているものを探し出すような楽しさがある一方で、店頭の情報整理が非常に苦手とも言えます。商品が埋もれてしまって、なかなか目指すものにたどり着くことができない、という店も少なくありません。

情報をどう選び、どうお客さまに見せるのかについての考え方が変わらないかぎり、リテールメディアがメーカーにとって強力な価値を持つのは、日本においては難しいのではないかと個人的に感じています。

顧客との接点を活かしきれていない現状

また、店頭サイネージで投影される動画の内容や、小売業が運営するSNSアカウントでの広告コンテンツについても、まだまだ発展途上です。

以前、月刊マーチャンダイジングでSNSの販促施策の調査を行ったことがあります。LINEや公式アプリから配信されてくる広告を一定期間記録してみたのですが、その内容はほとんどが「ポイントバックのキャンペーン」か、「新商品の告知」でした。わくわくする情報とは程遠い…という印象はぬぐえません。

筆者は仕事がら、いろいろな小売業のアプリやLINE公式アカウントの友達登録をしているのですが、どのアカウントもメーカーから提供された情報を、右から左に流しているものが多い状況です。折角顧客との接点を持っているのに、毎日同じ時間にさまざまな小売業から似たようなメッセージが届くのは、本当にもったいないことだと思います。

メディアとは意思であり、編集である

そもそもメディアとはなんでしょうか?

メディアとは、「コンセプトに沿ったコンテンツを、対象とする読者にあわせて編集し、届けること」と、筆者は考えます。

このときに重要なのが、編集者側の、主体的に情報を編集して提供しようという意気込みです。この気持ちが欠けると、広告料金を支払って情報を掲載したいと考える広告主の意向にひっぱられて、毒にも薬にもならないつまらない情報が並べられているだけの媒体、になってしまいかねません。(これは、メディア運営に携わる筆者自身、自戒しておかねばならないと思うことですが…)

リテールメディアも、情報の発信者の

・小売業としてのコンセプト

・誰にどんな商品・情報を提供したいのかという「意思」

が、より深く、問われつつあるように思います。店のオリジナルコンテンツをどう作っていくのか。すべての小売業がメディア化する時代だからこそ、コンテンツ力が求められることになると思うのです。

メディアの独自性を決めるのは「人」

筆者は、コンテンツの鍵を握るのは「人」であると思います。特徴的なバイヤーさん一押しの品。その企業を愛してやまないファンの発信する情報。一人一人が持つバックグラウンドや雰囲気は、決して真似することができません。

そして、発信に関わる人の「個性を拡張」するのが、テクノロジーです。

アパレル店舗の従業員さんによる、ECサイト上でのコーディネート販売は、最近ではすっかりメジャーな売り方になりました。従業員さんそれぞれの個性も活かしながら、さまざまな店舗の従業員さんのコーディネート例も参照でき、確実に購入の後押しになっています。

サイネージを使った遠隔接客を提供するタイムリープ社が提供する「RURA」のような仕組みを使えば、人気の従業員の接客を離れた場所の店舗でも体験することができるでしょう。人気の美容インフルエンサーと、店頭のサイネージを通じて商品を前にやり取りをする、というような販売手法も登場するかもしれません。ライブコマースをリアルの世界に持ち込むような売り方です。

店舗の独自性を高める最大のポイントとは

メディアの独自性を決める最大のポイントは、メディアを軸としたコミュニティを形成できるかどうかにかかっています。これはオンライン、オフラインを問わず人が集まって、ユーザーが相互にやりとりする場所を作れるかどうかということですが、店舗というオフラインの場所がある小売業には、この点で大きなイニシアティブがあるのではないかと考えます。

ドラッグストアのウエルシアは、店頭にウエルカフェというフリースペースを設置しています。単なる休憩の場ではなく、地域協働のためのコミュニティスペースという位置づけです。開催されているイベントも、たとえば「管理栄養士が解説する骨の強さとカルシウム」「運動トレーナーによる簡単エクササイズ」「はじめてのスマホ体験講座」など、地域の人、特に高齢者の方たちにとってうれしい情報発信の場になっています。

ここでの人気のコンテンツが「メルカリ教室」なのだそうです。オンライン以外の集客経路から新規ユーザーを獲得したいメルカリにとっても、メルカリを使ってみたいけれど、はじめの一歩を踏み出せない高齢者の方たちにとっても、相互にメリットがある企画だなと納得しました。

このほか、このスペースは、介護相談会や子育てサロン、地域のサークル活動などにも解放されているそうです。

コンテンツを広げたい団体や企業にとっては、もちろんメリットがあるメディアといえますし、ウエルシアにとっても、直接的な売上にはつながらなくても、店のファンづくりや地域貢献という意味では非常に価値のある活動といえます。長期的にみれば集客にも貢献するでしょう。そういった意味で、このウエルカフェという活動は、非常に筋の通った、実店舗を有する小売業ならではの「骨太なリテールメディア」なのではないでしょうか。

小売業において「店頭の品揃力は編集力だ」とはよく耳にする言葉ですが、リテールメディアという側面からも、編集力が問われる局面が来ています。そして、本当の埋蔵金は「人」と「モノ」が集まる店頭にこそ埋まっており、その魅力を磨き続けることの重要性が、今まさに高まっているのだと筆者は信じてやみません。


(著者プロフィール)

株式会社プレーンテキスト 代表取締役
「MD NEXT」編集長
鹿野恵子

小売・ITライター、編集者。1978年仙台市生まれ。2001年早稲田大学法学部卒業後、アスキー、商業界、ITベンチャーを経て、2015年に制作会社プレーンテキストを設立。現在、流通小売業向けWEBメディアの「MD NEXT」(運営:ニュー・フォーマット研究所)編集長。流通小売業とテクノロジーを軸に執筆活動を続けている。編著書「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP)

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