「理想のオフィスとは何か」。目まぐるしく移り変わる時代や環境にともなって変遷を続けるオフィスづくりについて、いま、そしてこれから求められるであろう理想のオフィス像とは何だろう。
アフターコロナにより、企業(経営者やそこで働く人々)のオフィスへのニーズがどう変わったのか、主流になりつつものはあるのか、また、時代にあったオフィスをつくるための工夫や注意点を、オフィス業界の最前線でプロジェクトマネジャー(PM)として活躍されている高井誠(たかい まこと)氏に伺うことができた。
高井氏とは、弊社セーフィーのオフィスが2023年7月に大崎に引っ越しした際、新オフィスのPMを担当いただいたご縁もあり、今回のインタビューが実現した。
株式会社ディー・サイン プロジェクトマネジャー
高井 誠(takai makoto)
2018年に株式会社ディー・サインに入社。PMとして7年、それ以前はオフィスの設計業務を10年ほど手がける。自身の業務について「何でも相談を受ける役」と語る同氏がこれまで関わった案件は500件を超える。
「オフィスを移転した方がいいですか?しない方がいいですか?という段階のご相談もあれば、つくったけどなかなか使われないから悩んでいる、だったり、移転の進め方がわからないという相談だったり、どのフェーズで関わりを持つかは本当にお客様次第です。だから僕の仕事はなんでも相談を受ける役なんです。」
求められる理想のオフィス像の変化
さっそくですが、アフターコロナにおいて企業のオフィスへのニーズや意識に変化があったと感じますか?
オフィスに求める要素は変わってきていると思いますよ。何を重要視するかっていうのか。
それから、“働き方”という単語で議論される範囲がすごく広がったなという気がします。今までは働く環境といえばオフィスの中だけの話だったのが、オフィスの外にまで一気にバンッと視野が広がった。これはコロナ禍に自宅勤務を経験した人が大幅に増えたことによるものだと思います。
今ではもうABW(Activity Based Working)は一般的になってきているので、そんなに新しくはない考え方ですけど、業務内容に合わせて場所を選んで働きましょう、という考え方がオフィス内だけではなく、オフィスの外まで範囲に含まれ始めていますよね。
働く場所はオフィスの中と限定されていたのが、自宅やコワーキングスペースなどを企業が視野に入れて働き方を考えるように変わってきていると?
そうですね。でも、その思想は僕たちみたいな作り手側とかオフィスを研究している側からすると、前からあった思想なんですよね。
もともと、オフィスの中だけで働くことを前提に考える必要はないんじゃないか、外出する先で働く場を選ぶ方が効率的なこともあるじゃん。そのあたりもうまく使っていこうよ、と。
それが世間に一気に浸透したのはコロナ禍のタイミング。世の中の働き方に対する捉え方と、我々作り手の考えてきたことが、ようやく目線が合うような時代になったな、と。働き方改革というワードも話題でしたが、そもそも働き方って生き方を考えるのに近いと思うんですよ。
オフィスという空間の中だけで見るとどんな変化がありましたか?
コロナ禍という軸で切り取ると、オフィス不要論が最初に出るんですよね。なぜなら家でも仕事できちゃうから。
でも人って何かに属していることに、やっぱり心理的安全性を感じることが多いんじゃないかな。その会社に属している意義だとか。とすると、最初はそれらが失われていくのが分からずにオフィス不要論が出ちゃうんですけど、一人で仕事する環境に慣れていくとともに、孤独を感じる人が必ず出てくると思うんです。「やっぱり人に会って〇〇したい」って。
会社と社員の関係は、業績だけ、給料だけでつながっているのではなく、属する人同士の人間関係や仲間意識も重要な要素の一つですよね。だからちゃんとみんなが来て集まれるところ、会話が弾む場が必要だよねと。それが今求められるオフィスかな。
オフィスという場を考えるときに、オフィスに来てから人がどう動くかだけではなくて、一人の人生と言ったら大袈裟だけど、個々の生き方や毎日をどう過ごすか、ということまで考えなくちゃいけない時代になったんだなっていうのはすごく感じます。
オフィスづくりも運用も本当に難しい時代に
ずばり、オフィスに正解ってありますか?
この質問は聞かれることが多いです。僕は、答えはないと思っています。オフィスに正解を求めるためには、働き方の正解も求める必要がありますが、さっき話した働き方≒生き方としたら、正解ってあります?ないでしょ。
人それぞれ、生き方は違って当然だし、企業によって価値観も違うから、そんなの正解があるわけないじゃん、っていう。
答えがない中で、企業側はどうしたらいいんでしょう?
様々なやり方があって、最大公約数を取りに行くやり方もあれば、企業が求める姿に向けて引っ張るやり方もありますね。それは会社の規模やステージなどによって、その時のベストを考えて選ぶものなんで。
でも、どんなやり方を選ぶとしても、社員に喜んでもらいたいという想いでつくることが根本的に大事なんじゃないかな。もちろん、計画を立てるほうの難易度は増していますが、その一方で、今までは働くためにはオフィスの中に必要な機能を全て設ける必要があったのが、今はオフィスの外の機能を活用することも当たり前になっているので、オフィスをつくるときに全部が全部対応しなきゃと気負う必要もない。企業としては思い切った決断がしやすくなったという側面もあると思いますよ。
オフィスが働く場所として選択肢の一つになったことで、運用ルールも大幅に変わっているのでしょうか。
働き手にとっては、選択肢があるって迷うじゃないですか。それをしんどいって感じる人も絶対いると思うんですよ。何時に行って何時に帰るって決まっていて、一定のお給料もらえるんだったら、それはそれで楽だという人もいるでしょう。
たとえば、週2日は出社しなさいとか決めるのか、各自に任せるのか、働き方に対してどこまで裁量を与えるべきなのかは経営側で決めなければいけない。自律して働くのが得意な人と、苦手な人、同じくらいいると思うので、会社としてどういう方針を取ったらベストなのか、それを判断するのがより難しくなっているなと思います。
自由と責任って表裏一体だと思うので、自由を与えてどれだけ結果を出してくれるか経営者は悩ましいんじゃないかな。
オフィスの運用にも正解はない?
これも正解はないと思います。大企業であれば、最大公約数の考え方で決めちゃうことが多いのかなと思います。つくるっていうタイミングでもそうですけど、オフィスを運用していくっていうフェーズでも、ずっと悩みはつきないかもしれないですね。
これからオフィスをどうつくるかは本当に難しくなると思います。
オフィスには投資し続ける必要がある
時代や自社にあったオフィスをつくるために気をつけるべきポイントを教えてください。
僕が思ってるのは、オフィスっていうのはつくっただけでは絶対終わらないということですね。
なので、一回つくって終わりにするのではなくて、本当に何回も何回も改修や運用変更を繰り返し、つくり直していくべきだと思っています。
最初から一回こっきりっていう考えではダメだということですか?
そうですね。トライ&エラーだと思います。経営者の方は特にそう思った方がいいと思いますし、オフィス移転だと企業の窓口になることが多い総務の方にも必要な思考かなと思います。
僕たちの業界では、ずっと昔から「オフィスはコストじゃなくて投資」って言われてるんですけど、その考えがようやく浸透し始めているんじゃないかなと思っています。希望も込めてますが(笑)。
生産性を数字で計ることが難しいように、オフィスを改善したら“じゃあどれだけ業績に直接的な影響を及ぼすの?”って正直計れないけど、間接的にプラスの影響があると思っているので。
間接的にプラスというのは・・・?
オフィスという環境が変われば、人はその場所で過ごす時間の使い方や、話しかける相手も変わってきます。そうすると行動が変わって、その行動によって意識が変わっていくものです。これは、弊社が大切にしている考え方なんですけど。
さらに、意識が変わったところもゴールじゃなくて、意識が変わったらまた行動も変わるから、そこでまた絶対オフィスに求める要素が変わるはずなんですよ。
そうなると、オフィスも改善する必要が出てくるので、まさにさっきの“つくったら終わりではない”という話に繋がるんですよね。行動や意識の変化に対応し続けないと、時代や自社にマッチしたオフィス環境や働き方なんてつくれないですよ。何もしなければ社員の満足度も下がってしまうと思います。
失敗しないオフィスづくりにおける最大のヒント
オフィスを変えたい、つくりたい、というご相談を頂いたら、僕はまず何のためにオフィスを変えたいのか、その目的を確認しますね。そして、その目的を決定した背景には何があるのか、僕だったら深く掘り下げて聞いてみる。「なぜ?なぜ?」って、理解できるまで徹底的に。
そしてその目的達成のために、どういうステップが必要なのか、イチから組み立てたりしまよ。社員の巻き込み方だったり、パートナーとして組むべき企業をさがしたり、いろんな角度から考えますね。家具の選定一つにしても、全てその目的達成のために必要なことを一つずつ洗い出して取り組みます。
そうやってできたオフィスは、できた時点では基本的にはハナマルですよ。でも、環境が変われば、使う人たちの行動も意識も少しずつ変化しますから、改善とアクションは続けなければいけないものなんです。
まぁ、そういう意味でも、今後の投資を見据えた長期視点を持ち続ける必要があるかな。まずは、投資し続ける意味をきちんと社内で説明しておくとか、より良い環境づくりに必要な予算を常に検討しておくといったことを念頭において、経営者も総務さんも取り組んでほしいです。
オフィスづくりの最大のヒントですね
そうしていかないと、本当に良いオフィスにはならないかなと思います。働き方を変えたい、社員に対して何かアプローチしたいのであれば、ずっとやり続けていかないと。
実際にそのオフィスで働いてみないとわからないことも多いですもんね‥
そう、わからないですよね。今でこそ、日本で転職する人が多くなったけど、これまでの日本企業の風土だとあまりなかったじゃないですか。副業する人が増えたり、今回みたいにコロナ禍のような突発的な時代の変化があったり。
オフィスづくりだけではないですけど、絶対立ち止まって答えを見つけに行っても、そこに答えはないなと思うんです。その時点でベストだった回答も、数か月後、数年後にも変わらないベストとは限りませんから。PDCAを回すというところまで含めて、考えていくべきなんだろうなと思いますね。
打ち合わせの席次に表れるスタンス
セーフィーのオフィス移転案件はどうでしたか?
御社はいわばベンチャーからメガベンチャーになろうとしているタイミングだと思うんです。ワンフロアで働いていて、皆の顔が見えることを大切にしたいんだな、とセーフィーさんの話を聞いていく中で思いましたね。
これまでは部署によってはビルも分かれていて、フロアも別だったりと、とても苦労する部分が多かったんじゃないかと思うんです。それを解決するだけでも、会社としての一体感をあらためて感じられたり、より上のステージに上がる準備ができるんだろうなと。
セーフィーのことをとことん知ってくださったのが伝わってきます。ディー・サインさんは極めてユーザーファーストな企業というイメージですが、最後にもう少し御社について教えていただけますか?
そうですね。たとえばミーティングをするときって大抵は依頼した発注者側と受注者側に向かい合って座ると思うんですけど、僕らは発注するお客様側に座るPMなんですよね。
自社に設計チームもいますが、お客様にベストな体制が別の設計者だと判断したら、もちろん呼んできます。あんまりそういうところってないんじゃないかな。僕たちはプロジェクトが始まると全部お客様視点で意見を出すんですよ。
とても印象的なスタンスですね。
お客様の立場に立って、ベストな提案をする、判断をする、意見をする、というのは僕がいるPMのメンバーだけではなく、もちろん設計のメンバーも同じスタンスで仕事をしています。そのお客様のことを知らなくちゃ判断もなにもできないので、そこはとことん聞きます。
絶対1回聞いたところで分かるわけないんですけど、できるだけ理解しようとしないといけないと思っています。お客さまの中で大事にしている文化、変えたいところや守りたいところがわかるように、しつこいぐらい質問をしていきますね。
クライアントファーストという言葉でも表現できるけど、僕たちはもっと一歩踏み込んだ感じというか、それよりももっと中に入っていく感じを体現したいと思っています。それが、先ほどのイメージ図のように、お客さまと同じ側に座るということかなと思います。
(企業情報)
・DE-SIGN INC. / 株式会社ディー・サイン