昨年末に出産をしたため、産休中は家で過ごすことが多かったのですが、自宅で子どもの世話をしながらワイドショーを見ていると、だいたい「旅行」や「グルメ」、それから「店」というテーマをぐるぐると回しています。
ダイソー、カインズ、スリーコインズ、カルディ、コストコ……毎日の生活と小売業は切っても切れない関係で、やっぱり視聴者の関心をひくテーマなんだなと再確認してました。
しかし、「〇〇の人気ランキング」「〇〇総選挙」など、小売業をランク付けする番組を目にするとその思いとは別にこんな風にも思います。
そもそも人は、自分の生活圏内の小売業にしか触れることができないのでは?
卸やメーカー、調査会社(あるいは小売業マニアのような人)でもない限り、企業を横断して比較し、点数をつけることは不可能なんじゃないかと思うのです。偏った消費者がつける点数によって企業に順位をつけるのは、なかなか勇気がある企画だな、と思わされます。
(なお、MD NEXTの母体である「月刊マーチャンダイジング」の人気特集「顧客満足度調査」では、様々な地域・業態の調査経験があるプロの調査員がお客様目線での調査を実施しています)
リアル店舗は最高!コラム第一弾はこちらからお読みいただけます。
顧客満足度と従業員・取引先満足度の相関関係
ところで、ランキングといえば、業界内でまことしやかに語られていることがあります。「顧客満足度ランキングで上位を獲得したからといって、従業員や取引先の満足度が高いとは限らない」ということです。
お客さまにとっての「やさしいお店」は、従業員や取引先にとっては「厳しいお店」?
安くて、品質がいいものを販売できれば、顧客満足度は高くて当然。しかし、圧倒的な低価格を実現するためには、取引先とのシビアな交渉が必要となるのです。また、従業員への利益配分も抑える必要がでていそうです。
かんぺきに商品が並んだ棚、ていねいな接客、ゴミひとつ落ちていない店内。そういったものをマンパワーで実現するには、従業員に対する厳しい統制が必要とされているかもしれない。
お客さまにとって「やさしいお店」は、実は従業員や取引先にとっては「厳しいお店」になる可能性を孕んでいると思うのです。
アメリカのスーパーマーケット「Trader Joe’s」
ここで、欧米の小売業に目を向けてみましょう。内実については知る由がありませんので、あくまで筆者の主観ですが、日本ほど忙しそうには見えないことが多いように感じます。
アメリカのスーパーマーケット「Trader Joe’s」に行くと、アロハシャツを着た店員さんがのんびりとレジを打っている様子に驚かされます。
ハローと声を掛けられて、初対面の店員さんとレジでちょこっと言葉を交わすと、もちろん国民性の違いもありますが、そもそも根本的に何か商売に対する姿勢の違いのようなものを感じずにはいられません。(繁盛店はさすがに忙しそうですが)。
生産性に直結する小売業の集約化とは
筆者が思うに、この差が生まれる理由のひとつには、「海外では小売業の集約化が進んでいるのに、国内ではさほど進んでいない」という構造があるようです。
アメリカの小売業では、集約化が進んでいます。たとえば、スーパーマーケットでは上位7社のシェアが51.7%という調査結果もあります。
(参考)米国主要3業態の寡占化ランキング、リージョナルスーパーが伸びる理由とは – ダイヤモンド・チェーンストア・オンライン
日本のスーパーマーケット事情
その一方で、日本はどうでしょうか?
「2023年版スーパーマーケット白書」によれば、業界全体には2万3000店舗のスーパーマーケットがあり、企業数でいくと923社です。店舗数でみると「1~3店舗」が35.2%、「4~10店舗」が30.9%。
一般にチェーンストアの定義は、本部と店舗がある11店舗以上の小売業とされているので、1店舗から10店舗までのチェーンストア未満の小規模スーパーマーケット企業が、全体企業数の6割以上を占めているということになります。
(出典)2023年版スーパーマーケット白書 – 一般社団法人全国スーパーマーケット協会
この企業数の多さは、本社経費などのコストが上がる要因になっています。また、卸売業やメーカーにとっても、それぞれの企業の要望に対応するためのコストが積み重なっていきます。
わかりやすくするためにものすごく単純化して説明すると、アメリカのメーカーでは10トントラック10台で、10社ごとの納品倉庫にまとめて商品を納品すればあらかたの仕事が終わるのに対し、日本のメーカーでは、100社に対して100台のトラックを走らせる必要がある…ということです。
どちらのほうが流通における生産性が高いかは一目瞭然ですよね。
(もちろん実際はメーカーさんは卸売業に対して納品をすることが多いのですが、それでもこれに近い非効率は随所に見られることでしょう)
日本のマーチャンダイジングの特徴を読み解く
「地域色」「小規模」「生鮮」
日本の小売業で集約化が進まない理由のひとつには、国内のMD(マーチャンダイジング)の特徴である「商品の地域色が強く、かつ生鮮が多い」という背景があります。
日用雑貨や加工食品のように、工場で大量生産が可能なものは、仕入の数量が多ければ多いほど規模のメリットが働いて、安価に仕入れられるようになります。
しかし、日本はこと食の好みについては、地域ごとに細やかな違いが見られます。味噌や醤油が並ぶコーナーの棚ひとつ見ても、そのバラエティの豊かさと言ったらありません。これでは、いくら企業の規模が大きくなっても、スケールメリットを働かせるのは難しそうです。
一方で、アメリカのスーパーの棚を見ると、ケチャップだったらハインツの逆さボトルの商品1SKUをどんと展開しているだけ、なんて店が少なくありません。でもアメリカのMDはそれで済んでしまう。うーん、そりゃ競争力に差がついちゃいますよね。
また、生鮮品は、規模が大きくなればなるほど逆に調達が難しくなるというパラドクスを抱えています。大規模農園が主流のアメリカとは違い、日本の産地で収穫される農産品の数量には限界があるのです。
これらの「地域色」が強い食の好みや「小規模」な「生鮮」の生産の限界が、日本の小売業の集約化を妨げているのです。
労働集約産業からのシフト「少人数で豊かに働く」
個人的には、地方地方に特色のある小規模のチェーンストアがたくさんある状況というのはとても好ましく感じているのですが、時代の流れを鑑みるに、ある程度は小売業や生産者・メーカーが集約化していくことは避けられないのだろうなとも思います。
(なお、食品スーパーマーケットと比較して、ナショナルブランドの日用品の取り扱いが多いドラッグストアは、集約化が進んでいる業態といえるでしょう)
これまで、小売業は労働集約産業であり、雇用を生み出していることが誇りであるとされていました。しかし、これからの小売業には、生産性を高めて、「少人数で豊かに働く」という姿勢が求められていくのではないでしょうか。
デジタルの活用はその一助になるでしょう。たとえば、これまで伝票という紙が中心だった業務システムが、20年かけてやっとデジタル化されつつあります。さらに、店舗に関わるさまざまな情報がデジタル化されることにより、以前と比べると格段に効率的な店舗運営が可能になりつつあります。
九州地方を中心にホームセンターを展開するグッデイは、店頭にカメラを配置し、レジの稼働台数をバックヤードでリアルタイム判断。インカムで指示を出して、店舗内のスタッフ配置の最適化を進めています。
オールドルーキーという無人サウナでは、DXを前提とした業務設計やカメラの活用によって、掃除以外のオペレーションを200店舗まで1人で運営するという事業を展開しています。デジタルツールによって、これまでの店舗運営の固定観念を壊そうとしている好例と言えるでしょう。
デジタル導入によって削減されたコストを別の場所に投資する。従業員の給与アップのための原資にする。結果、取引先や従業員の満足度があがり、真の顧客満足度向上につながっていく。
絵物語かもしれませんが、「従業員、取引先満足度が高いお店は顧客満足度も高い」という、あたりまえの循環があたりまえになる未来が来るといいなと、筆者は願っているのです。
(著者プロフィール)
株式会社プレーンテキスト 代表取締役
「MD NEXT」編集長
鹿野恵子
小売・ITライター、編集者。1978年仙台市生まれ。2001年早稲田大学法学部卒業後、アスキー、商業界、ITベンチャーを経て、2015年に制作会社プレーンテキストを設立。現在、流通小売業向けWEBメディアの「MD NEXT」(運営:ニュー・フォーマット研究所)編集長。流通小売業とテクノロジーを軸に執筆活動を続けている。編著書「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP)