小さく狭くなっている「商圏」と「商圏人口」
業態の変化について、特にここ数年で進んでいるのが「狭小商圏化」です。このテーマについて語るまえに、「商圏」について復習してみましょう。
商圏とは、その店舗に来店する顧客の80%の人が住んでいる地域と定義されています。これは、「店まで500m」というような距離ではなく、「店から10分以内」というように家から店舗までの所要時間で決定されます。
商圏人口とは、その店の商圏に住む人の数(あるいは世帯数)です。「この店舗の商圏人口は1万人です」「この業態は3,000人商圏で成立します」などのように、商圏の規模を示すのに使われます。
店舗の売上高をイメージしてみよう
ある店の売上高は、商圏人口を用いると以下のようにイメージすることができます。
ある業態が成立するのに、どれぐらいの商圏を必要とするかというのは、小売業の業態設計にとって非常に重要なことです。
たとえば、コンビニエンスストアの商圏は徒歩10分、半径500m以内、商圏人口は3,000人と言われています。一方、スーパーマーケットは、さまざまな商品を品揃えしており、半径2km以内、商圏人口は1万人程度と言われています。
移ろいゆく小売の業態
大型店舗とドミナント出店
筆者が流通小売業の業界誌の世界に入ったのは2003年の頃ですが、その頃の流通専門誌では「ハイパーマート」や「メガドラッグストア」と呼ばれる大型店舗が華やかに誌面を飾っていました。1999年に大店法が廃止されたことも、店舗の大型化に拍車をかけました。ヘルスアンドビューティー関連商材だけではなく、食品も取り扱い、安売りをチラシで拡散して広域から集客するビジネスモデルです。
2000年代中盤から現在にかけて、小売業は出店競争を続けています。コンビニのドミナント出店という言葉を聞いたことがある読者の方もいるかもしれません。ある地域に集中的に出店することで、地域での知名度を得て、物流コストを下げ、シェアをあげるという戦略です。1本の幹線道路をはさんで同じコンビニチェーンが出店するなどということもあります。
経済産業省が発表している「商業動態統計」と、総務省の「統計で見る都道府県の姿2023」、都道府県の人口などをもとに計算すると、東京のドラッグストアの商圏人口は1店舗あたり7,073人、商圏面積は0.7kmである一方、北海道では33.8km、商圏人口は7,719人を対象に商売をしているということがわかります。(出典:月刊マーチャンダイジング2023年9月号、三浦美浩氏連載)。
同じドラッグストアでも、求められる機能、品揃えが全く違ってくることがわかるでしょう。
近所の人にいかに繰り返し来店してもらえるか
ところが出店が続くと、今度は商圏人口に対してお店が多すぎる「オーバーストア」という状況になります。お客様にとっては、近所にたくさんの店があり、そこからお気に入りの店を選ぶことができるありがたい状況なわけですが、店舗側にとっては他の小売業と(場合によっては同じチェーンの店舗と)商圏人口を奪い合う熾烈な状況とも言えます。そのことを示唆するように、一時は4桁出店を続けていたコンビニエンスストア業界でも、昨今では出店が落ち着いてきました。
さらに今後は高齢化・人口減少のために、商圏人口が減っていくことは間違いありません。いかに少ない人数の近所のお客さまに高頻度で来店してもらえるかが問われる時代が来たのです。
コスモス、アオキ、薬王堂…狭小商圏に対応するドラッグ各社
以前は小商圏化といわれていました。最近はさらに狭い商圏ということで、「狭小商圏」という言葉が使われるようになりました。そして、筆者が取材を進めているドラッグストア各社は、狭小商圏に対応する業態の開発に挑戦しています。
小商圏型メガドラッグストアを標榜しているのが、九州から北上をしているコスモス薬品です。商圏人口1万人で成立する業態として、ヘルス&ビューティーはもちろん、日用品、価格を安価に抑えた食品を標準化された店舗で販売しています。売場面積は500坪前後が標準で、九州を中心に強烈なドミナントを形成し、今では関東まで進出を果たしています。
クスリのアオキは、2020年からフード&ドラッグの400坪型業態を展開しています。ここのところ発祥の地である北陸から中部、東日本にかけて大量出店を続けて出店エリアを拡大するという戦略をとっていたのですが、一気に商圏人口5,000人の地域に対応するドミナント戦略に切り替え、進出エリアにおける地域シェア拡大を目指すとしています。
東北を中心に出店している薬王堂は、商圏人口7,000人のモデルを目指すとしています。特に人口減少率が大きい東北地方では、今後スーパーマーケットなどの既存業態の成立が危ぶまれる可能性もあり、その代替機能を提供していく構えです。
福井県に本社を置くゲンキーも商圏人口7000人の店づくりを志向しています。食品・PBを中心にエブリデーロープライスの圧倒的な低価格で、標準化された店を展開しています。これら小商圏での成立を目指す業態には、
・食品(一部調剤)を扱うことで繰り返しの来店を志向して、地域の高シェアをとる
・値段の付け替えなどで手間がかかるチラシ販促(ハイ&ロー)から脱却し、毎日低価格(EDLP・エブリデーロープライス)を採用し、経費率の低い商売をする
という、共通した方向性が見えてきます。
無人店舗は人口減少時代の最適解となるのか?
さて、地方などの過疎化が進む地域においては、つねに「有人」という業態は採算がとれなくて成立しない状況が出てきました。免許を返納して買物の足がなくなったお年寄りも増えていて、買物難民の話題には事欠きません。
そんな商圏でいま期待されているのが「無人店舗」業態です。店舗に常駐している従業員はおらず、お客さまがセルフで会計をし、品出し・整備のときだけ従業員が訪れます。
月刊マーチャンダイジング2023年12月号に掲載した、トライアルが運営している「トライアルGO」は、すぐに食べられるお弁当や惣菜などの即食をメインに品揃えをしている業態で、売場面積は50坪~300坪程度。レジはフルセルフのみ。店頭の在庫状況は遠隔からカメラで確認可能という業態でした。
働き手の確保が難しくなってくる都心部でも、人口減少が進む田舎の地域にも出店可能で、今は有人店舗で運営しているが、将来的には無人店舗業態としての運営を目指しているとのこと。
無人店舗の普及で「リモート店長」が登場?
狭小商圏化で、ある程度の無人店舗化は不可避の未来であると筆者は考えています。当記事運営元のセーフィーさんのカメラを活用した無人店舗もいくつか事例が登場してきています。
と同時に、小売業の働き方、組織の在り方も変化していくかもしれません。
これまで、小売業では脈々と「1店舗に店長が1人いて、店に従業員が所属する」という組織の形が受け継がれてきました。
しかし今後は、「複数の店舗を1人の店長がみて、従業員も複数店舗に所属する」という、新たな組織形態が登場してくることでしょう。現に都心に店舗数を増やしている「まいばすけっと」では、スーパーインテンデントという、複数店舗を見る職種があると聞きます。この先「リモート店長」「オンライン店長」なんて働き方も登場するかもしれません。
小売業にとって、お客さまとの最大の接点は店であり売場です。店中心、売場中心の考え方になるのは当然のことでしょう。しかし、現場を可視化する技術が発達したことで、店のあり方、働き方にも、大きな変化が起きようとしている。そんな風に思います。
(著者プロフィール)
株式会社プレーンテキスト 代表取締役
「MD NEXT」編集長
鹿野恵子
小売・ITライター、編集者。1978年仙台市生まれ。2001年早稲田大学法学部卒業後、アスキー、商業界、ITベンチャーを経て、2015年に制作会社プレーンテキストを設立。現在、流通小売業向けWEBメディアの「MD NEXT」(運営:ニュー・フォーマット研究所)編集長。流通小売業とテクノロジーを軸に執筆活動を続けている。編著書「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP)